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2006年07月11日

祗園祭りと織田信長

先日、京都の有名な甘味処のご主人に(以下ご主人)
面白い話を聞きました。「祗園祭りの期間中はワシらは胡瓜は食わへんしな~」
博多のベスパに勤務していた時は、地元のお祭りで博多山笠がありました、
その時、博多でもお祭りに参加している方から、同じ話を聞いた事が有ります。
何故、胡瓜を食べないのか?素朴な疑問をご主人に尋ねてみたところ祗園祭りに
ついて色々とお話を聞かせていただきました。
なんでも、祗園祭りとは古くは祗園御霊会(ごりょうえ)と呼ばれ869年に日本各地
に疫病が流行した時、平安京の広大な庭園であった神泉苑に、当時の国の数66ヶ国
にちなんで66本の鉾を立て、祗園の神(牛頭天王・ごずてんのう)を祭り、災厄の除去を
祈ったのが始まりだそうです。
八坂神社の入り口には二本の石柱がありよく見ると二つの紋が刻まれています。
その一つは織田信長(織田家)の家紋、五木瓜(いつつもっこう)別名織田木瓜
(おだもっこう)とも呼ばれ、神社でよく見られる、御簾(みす)と呼ばれるすだれの上部に
張られた、帽額(もこう)と呼ばれる布に描かれていた文様がもとになっているそうです。
その五木瓜は見た目が胡瓜を切った際の断面にそっくりで、お祀りしている神社の紋を
食べるのは失礼だという、発想だそうです。
何故、織田家の家紋と一緒なのかは、諸説あるそうで歴史を勉強しなければいけませんが・・・
その時伺った話によると、八坂神社はもともと、比叡山の管理のもと成り立っていたそうです
1571年、信長が比叡山を焼き討ちした際、時の都に権力の象徴として織田家の家紋を
八坂神社の紋として残したのでは・・・?
「色々と歴史の捉え方によって、意見があると思う」とご主人の一言
確かに長い歴史の中で真相の解らない話は、カクテルでも沢山あります。
マスターからよく、「若い時は昔の勉強をしっかりとしなさい」と指導を受けます。
何でも昔があるから今がある、歴史を踏まえて物事をみると物の見方が確かに
変わります。そういった意味でも、とても勉強になったお話でした。

投稿者 vespa : 2006年07月11日 17:00

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