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2008年06月23日
カクテルエピソード~マティーニ~
マティーニ
世の中にはマティーニ通という方が多数いて、ベルモットとそっと囁いたり、チラリと
ボトルを眺めたりしている。
このカクテルの原型は、19世紀の中頃のジン・アンド・イタリアン・ベルモットだといわれる。
今でもジン・アンド・イットという名で捨てがたい人気を保っているのでご存知の方も多いだろう。
イタリア、トリノ市のメーカー、マルティニ・エ・ロッシ社がこのカクテルに目をつけ、
自社製品のベルモットを使ったものは、特にMartini Cocktailと呼ばせ、拡売キャンペーン
をした。そして、ロッシ社長が訪米した際、より辛口のものが好まれていることを知り、
ジン・アンド・イットを改良、ベルモットをドライ・ベルモットに替え、アメリカで大々的に広めた。
もちろん、冗談じゃないという声もある。
マティーニは、アメリカ人が創ったに決まっているというのだ。それによると、この飲みものは、
当初マルチネス・カクテルと呼ばれ、ジェリー・トーマスというサンフランシスコの名バーテンダー
の手によってうまれた。最初はジンをスイート・ベルモットで同じ割合でミックスしたものだった。
(つまりGin and It)。トーマス氏が働いている店に、ある日、ふらりと二日酔いの客が現れた。
なにか、効くやつを、ひとつ、という客のオーダーに応えてだしたのがこれ。
1杯やると、ずっと元気になったお客さんに、ジェリーが、これからどちらに、と尋ねた。
俺は、カルフォルニア州のマルチネスまで行くんだ。その場でカクテルの名前が決まった。
もちろん、また別のエピソードもある。
それによると1910年、ジョン・D・ロックフェラーのためにニューヨークのニッカー・ボッカー・ホテル
のバーテンダーによって創られた。彼の名は、マルティニ・ディ・アルマ・ティッジャ。
彼が、ドライ・ジンとドライ・ベルモットを結びつけた最初のマッチメーカーだという。
ところで、マティーニ・ドリンカーは、さまざまな工夫をして飲む。ヘミングウェイの
”河を渡って木立の中へ”に出てくる15対1の超ドライ・マティーニ。故チャーチル首相の
ベルモットのボトルを眺めながら。ジェームズ・ボンドの”Shaken、not stirred”。
ボンド風のウエル・シェーク・スタイルは、特にボンディアン・シェークというそうだ。
もっとも、あまり長く振るとよく冷えても、水っぽくなる。そして彼が主張する
”Shaken、not stirred”に対し、ジョン・ドクセットは、1976年、”Stirred Not Shaken"
というマティーニ学の名著をリリースした。アンサー・ブックとでもいうのだろうか。
ドライ・マティーニは数多くの人が、切れ味の鋭さと、ほぼ無色に近い黄金色を問題に
している。それならば、もちろん、ステアしなさい。ジンの銘柄に関してもそうだが、
レモン・ピール、オリーブに関しても激論が何度もたたかわされている。
レモン・ピールなんてとんでもない。レモネード頼むなら、そうオーダーするよ。
いやレモンは欠かせない。そして、レモンは、ナイフが透き通るほど薄くむき、
決して裏の白い皮をつけてはいけない。
ピールは、グラスの斜め上で油成分がまんべんなくカクテルの表面に散るように絞り、
決して、グラスの中に果皮をいれるようなまねをしてはいけない。
いや、絞ったあと沈めるほうがよい。そう、大きめのレモン・ピールを絞らずに沈める
んだ。スタッフド・オリーブだけをつかうべきだ。まさか、スタッフド・オリーブだけは
避けなければならない・・・
そろそろ、ここらで、あなたも付け加えたくなったでしょう。
マティーニ
ジン ・・・60ml
ドライベルモット ・・・適量
オリーブ
(IKEDA)
投稿者 vespa : 2008年06月23日 17:00
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