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2009年02月25日
三毒の焔 (さんどくのほのお)
ちょっと堅い話が続きますが・・・
最近読んでいる本に非常に考えさせられた事が書いてありました
本のタイトルは「利休にたずねよ・山本兼一 著・PHP研究所」です
何気なく本屋に入り「京都といえばお茶の世界においては歴史のある町
そういえば半年ほどお茶の教室に通った事があったなぁ~」そんな気持ちで本を手にしました
その中のある章に「三毒の焔」と出てきます
話は、古渓宗陳(こけいそうちん)が秀吉から九州へ配流される事が決まり
過去の出来事の回想、そして九州へ出発の前に利休からの誘いもあり
利休のもとをたずねる話です。
三毒とは仏法が説く害毒で貪欲(どんよく)・瞋恚(しんに)・愚痴(ぐち)
すなわち、むさぼり・いかり・おろかさの三つである。「利休にたずねよ」から参照
話が長いので、ものすご~く掻い摘んで書きます。宗陳は秀吉や石田三成との
衝突により九州へ追放となる訳ですが宗陳は何かにつけ、人のうちにある毒を
みてしまいます。そんな宗陳を利休は見透かしてしまうのです
利休をたずね、茶室に入ると一枚の掛け軸に目がとまります
陰陰たる孤帆海を渡りきたる (いんいんたる・こはん)
虚空消隕して鉄山を摧く (こくうしょういん・てつざん・くだく)
大唐国裏知識無し (だいとうこくり)
己眼当に何れの処よりか開くべき (こげんまさに・いずれのところ)
昔、智光という禅人が、中国は南宋の虚堂という禅僧をたずねて行った時の物
海は空が隠れるほど荒れ、波は、鉄山を摧くほど激しかった。苦心惨憺(くしんさんたん)
して海を渡ったが、唐には、学ぶべき師などいない。おまえの眼はどこで開かれるべきか・・・
虚堂が智光に問いかけている文です。それを読んだ宗陳は
「自分はなんて思い上がっていたのか、秀吉や、三成が、毒に冒されていると見下していたが、
その実、毒に満ちていたのは、ほかでもない、自分自身ではないか。そもそも人を見下す
などということは、おろかさの毒のなせるわざではないか―。」
その後、利休は終始無言で、宗陳にお茶を点てます。最後に一言・・・
「人は、だれしも毒をもっておりましょう。毒あればこそ、生きる力も湧いてくるのでは
ありますまいか」
「肝要なのは、毒をいかに、志にまで高めるかではありますまいか。
高きをめざして貪り凡庸(ぼんよう)であることに怒り、愚かなまでに
励めばいかがでしょう」
誰にでも毒(欲)は色々とあると思います。私にも色々な欲があります
その欲がいつか志に変化した時とても意味のある一歩を踏みだせるのかと感じました。
目の前の欲に惑わされず、志を強く持てる人間でありたいと思います。
ちょっと長くなりましたね・・・もっと文章力を磨きたいと思います(^0^)
なかなか上手くはいきませんが・・・頑張ります!
(INOUE)
投稿者 vespa : 2009年02月25日 17:00
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