2009年4月 6日
白洲次郎展
先日、福岡で「白洲次郎と正子の世界展」行ってきました。
白洲次郎さんに関しては、マスターから何度か話の流れの中でお聞きしただけで、
どういう方なのか正直あまり知らぬまま見に行ってきました。
会場では、白洲次郎さんがどういう方なのか示すエピソード、身につけていた衣服、
実際に使っていた生活用品など、また正子さんが収集した器など多数展示してありました。
白洲次郎さんがマッカーサーに送ったといわれる木製の椅子(日本初公開)なども
気になったのですが、私としては、白洲次郎さんが自宅で愛用していたというバーカウンター
やそこに並んでいるウイスキーなど。実際の食卓を再現したテーブルにはワインもあり、
シャトームートンロートシルトが置いてありました。
やはり白洲次郎さんともなるとムートンなのか・・・
イギリス留学時代の親友ロビンからの贈り物もスコッチウイスキー。
ヘイグやグレンモーレンジなどが置いてありました。
この人は戦前、戦後という時代にもうこんなお酒を飲んでいたのか!!
マスターがよく、バーテンダーをはじめた頃はジョニ黒が高かった。。。
などとおっしゃっているのをお聞きしていただけにすごいなと思いました。
生き方そのものも格好よく、自分のスタイルを持ち、自分の意見も持っている。
生き方そのものに「粋さ」を私自身感じました。
マスターの話しの中によく名前が出てくるのもなんとなく分かる気がしました。
白洲次郎さんまでのことはできなくても、ダンディにジェントルマンにと思える自分
でありたいなと思いました。
そのためには自分がやることに誇りを持ち、自分の意見が持てるようになる。
自分の信念を貫く強さを身につける。
これから先、少しでもそうなれるよう歩んでいきたいと思います。
もっと白洲次郎さんについて知りたくなったので、売店で本を3冊買ってきました。
これからゆっくりと読んでいきたいと思います。
ちなみにインターネットで調べたところ・・・
白洲 次郎(しらす じろう、1902年2月17日 - 1985年11月28日)は兵庫県芦屋市出身の
日本の実業家である。
終戦直後の連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)支配下の日本で吉田茂の側近として活躍し、
貿易庁(通商産業省)長官等をつとめる。
昭和20年(1945年)、東久邇宮内閣の外務大臣に就任した吉田の懇請で
終戦連絡中央事務局(終連)の参与に就任する。
ここから、次郎の連合国軍最高司令官総司令部(GHQ/SCAP)を向こうに
回した戦いの火蓋が切られる。
次郎は、GHQ/SCAPに対して当時の日本政府および日本人がとった従順過ぎる姿勢
とは一線を画し、イギリス仕込みの流暢な英語(次郎は日本語を話す方が訥弁になった)
とマナー、そして本人が元々持っていた押しの強さと原理原則(プリンシプル)を重視する
性格から主張すべきところは頑強に主張し、GHQ/SCAP某要人をして「従順ならざる唯一
の日本人」と言わしめた。
ここでマッカーサーに名言をいう。
「われわれは戦争に負けたのであって、奴隷になったのではない」
おしゃれな人で日本人で初めてジーンズを穿いた人と伝えられている
(サンフランシスコ講和条約締結に向かう機内で着用した)。
独立復興後は、東北電力会長等を歴任した。
夫人は、作家・随筆家の白洲正子。
~フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より抜粋~
「白洲次郎と正子の世界展~{風の男}と{韋駄天夫人}の物語」
福岡アジア美術館
2009.3.7~5.7
(IKEDA)
投稿者 vespa : 2009年4月 6日 17:00