« 地域性 | メイン | 博多巻き »

2010年1月21日

故郷

先日、あるお客様との話。

「池田君、出身はどこ?」

「佐賀です。」

そこから色々と話が膨らんでいきました。


その方は色々とご存知で、佐賀について教えていただきました。

「佐賀には有田焼があるね。始めたと言われる人は?」

「知りません。」

「本当に佐賀人ね。。。」


有田焼の祖と言われる人は李参平という人らしいです。
そのお客様いわく、日本初の白磁を焼いた人らしいです。

「有田焼は全国に誇れる文化よ。知っておかないと。」


確かにそうです。
いつも出身はどこ?と聞かれ、佐賀です。というものの
「何もない県なんですよね。」
と答えていました。

しかし!!
よく考えたら、地元であるにも関わらず佐賀について何も知らないなと気づきました。
地元はこよなく愛しているつもりでしたが、もっと色々なことを知ることは大事だなと
思いました。

早速、アマゾンで佐賀についての本を購入。
時間がある時にでも読んでみたいと思います。

きっかけを作っていただいたAさんに感謝です。

(IKEDA)

ちなみに有田焼について・・・・

有田焼(ありたやき)は、佐賀県有田町を中心に焼かれる磁器である。
その積み出しが伊万里港からなされていたことにより、「伊万里(いまり)」とも呼ばれる。

有田、三川内、波佐見(長崎県)などで焼かれた肥前の磁器は、江戸時代には積み出し港の
名を取って「伊万里」と呼ばれていた。

現代でも、美術史方面では「伊万里」の呼称が多く使われている。
また英語での呼称も "Imari" が一般的である。

「有田焼」と「伊万里焼」とはほぼ同義と考えられるが、「有田焼」は佐賀県有田町で
生産される磁器を指し、「伊万里焼」はやや範囲を広げて肥前磁器全般を
指すという考え方もある。

泉山陶石、天草陶石などを原料としているが、磁器の種類によって使い分けている。
作品は製造時期、様式などにより、初期伊万里、古九谷様式、柿右衛門様式、金襴手(きんらんで)
などに大別される。

また、これらとは別系統の献上用の極上品のみを焼いた作品があり藩窯で鍋島藩のものを
「鍋島様式」、天皇家に納められたものを「禁裏様式」と呼んでいる。

江戸時代後期に各地で磁器生産が始まるまで、有田は日本国内で唯一、長期にわたって
磁器の生産を続けていた。

1977年(昭和52年)10月14日に経済産業大臣指定伝統工芸品に指定。

李参平について

肥前磁器の焼造は17世紀初頭から始まった。
豊臣秀吉の朝鮮出兵の際、多くの藩が陶工を日本へと連れ帰った。

肥前国鍋島藩主・鍋島直茂が連れ帰った、その中の一人が李参平である。
彼は1616年(元和2年)(1604年説あり)に有田の泉山で白磁鉱を発見し、
そこに天狗谷窯を開き日本初の白磁を焼いた有田焼の祖と言われていた。

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より抜粋

投稿者 vespa : 2010年1月21日 17:00

コメント

コメントしてください




保存しますか?