2011年2月28日
道具の手入れ
いつも活躍してくれる包丁達
ペティナイフは我々バーテンダーには無くてはならない物です
以前、中洲店に勤務していた時に、あるお鮨屋さんのご主人がこんな話を
していました。
「私達は毎日、包丁を研ぐんです。研ぎながら自分の心を研くんです」と・・・
いいお話をして下さったと、今でも忘れられません。

何事にも意味を持たせなさいと、マスターをはじめ諸先輩方々から教育を受けました
切味復活!大事に使いたいものです。
(inoue)
2011年2月27日
アイラの女王
マンダリンオリンエンタルホテルにて
『ボウモア蒸留所』のセミナーに行って参りました。
今回はテイスティング用に5種用意されていました。
ん?
その中にひとつ「?」といったものが・・・!?
気になる!!!!!
何だろうこれは???
でもここはまずはやる気持ちを抑えて、
ボウモア蒸留所についての勉強から。
ボウモア蒸留所とは・・・
アイラ島で1779年に地元の商人だったデビッド・シンプソンによって創設された蒸溜所であり、
アイラ最古の蒸留所です。
『ボウモア』とはゲール語で『大きな岩礁』という意味であり、
カモメが舞う浜辺に位置し、風が強い日には蒸溜所はまともに波しぶきを受け、この影響で蒸溜所内は潮の香りに満ちています。
特に『第1貯蔵庫』は海抜ゼロメートルに位置しており、
満潮時には海底へと沈んだ状態となり、
そこで熟成された原酒は磯の香りが漂います。
また、ボウモア蒸溜所は今日では5つの蒸留所でしか行われていない、
「フロアモルティング」を行い、
伝統的な製法を守り続けています。
海の香りと伝統的な製法によるかすかな甘みのベストバランス。
アイラモルト・ボウモアは、
「女王」とも呼ばれる気品あふれるフレーバーを放っています。
さらに、
ボウモアのウイスキーづくりはアイラ島の産業であると同時に、
島民の生活の中心として成長してきました。
その象徴として、
ビジターセンターや売店・宿泊施設も早くから充実させ、
町を挙げて観光客を積極的に受け入れようという姿勢や、
蒸溜廃液の高熱を利用して温水プールをつくり島民の福祉に貢献していることなど、
ホスピタリティにあふれる蒸溜所としても知られています。
(サントリーHPより引用)
それではいざ、テイスティング!
・・・
あっという間に全て飲みきってしまいました!!!
前回に引き続き、完飲です♪
ちなみに「?」たるものの正体は・・・
なんと『ホワイトボウモア』でした!
ホワイトボウモアとは・・・
ボウモア蒸留所が設備を改修、新たな蒸留釜を導入した1964年に蒸留された、
記念すべきウイスキーです。
43年という長期熟成であり、
当然の如く限定発売物です。
その人気と限定発売ということから、
なんとカナダでは誘拐され、身代金の要求があったという逸話まであるほどです。
そんな貴重なウイスキーをテイスティングさせて頂きました。
その他のウイスキーも含め、
テイスティングの詳細や誘拐事件の詳細を聞きたいという方は
またしても、
銀座店までお越しください!お待ちしております!!!
ということでよろしくお願いします。
<ODA>
2011年2月26日
愛宕神社
先日の福岡出張。
空港に降り立ち、地下鉄へ向かう。
途中、
「よか」って・・・・・(・。・;
それはさておき、今回も土曜日に中洲に入りました。
毎度の朝までコース。
今回、ホテルに着いたのは6時過ぎ。。。
いつも朝遅く?です。
しかし、どうしても行かなければならぬ場所がありました。
向かった先は、
そして、そこから、
室見川を越え、
坂を上り、めまいがしながらも歩き続け、
到着。
しかし参拝目的ではありません。
ここ、「岩井屋」さん。
先日、お店のご主人の息子さんと銀座で知り合いました。
出張の際に、必ず行くと約束しましたので、それを果たしに・・・。
お店に入ると、店長さんらしき方が、
「いらっしゃいませ、おひとり様ですか?」
「はい」と答えると、
「東京からですか?」と聞かれる。
なんで解るん?
続けて、
「かんきさんですよね?」ですって。 (゜レ゜)
息子さんが電話してくれてたようです。
しかし、この店長さん。
南さんとおっしゃいますが、よく気が利く方です。
爽やかで感じのいい方でした。
庭には、2羽、鶏が・・・・・、ではなく、
庭には、立派な桜の木。
春は綺麗なんでしょうね。
こちらの「岩井屋」さんは甘味処。
しかし私は、
うどんを注文。
紅茶もセットで。
ゆっくりと時間を過ごせました。
いいお店です。
福岡・愛宕神社へ行った際は、是非、立ち寄ってほしいものです。
お土産まで頂き、恐縮でした。
南店長さん、そして息子さんの篠崎さん、有難うございました。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
せっかくですから、参拝も。
眺め、よかです。
そして、やはり、こういった物の気を惹かれてしまう私。
福岡っぽさを感じる事ができました。
(KANKI)
2011年2月25日
マラソン大会
今週の日曜日は、東京マラソン2011が開催されます。
お客様の中でも参加される方もいらっしゃるかと思います。
先日、マラソンにちなんだテレビ番組があり、感動したお話があったので
ご紹介します。
金栗四三さんのお話です。
日本における「マラソンの父」と称される、熊本県玉名郡春富村(現・和水町)出身の方です。
1911年(明治44年)、翌年に開催されるストックホルムオリンピックに向けたマラソンの予選会に出場し、マラソン足袋で当時の世界記録(当時の距離は25マイル=40.225キロ)を27分も縮める大記録(2時間32分45秒)を出し、短距離の三島弥彦さんと共に日本人初のオリンピック選手になりました。
翌1912年(明治45年)のストックホルムオリンピックでは、
レース途中で日射病で意識を失って倒れ、近くの農家で介抱され、
その農家で目を覚ましたのは、既に競技も終わった翌日の朝でした。
当時、日本からスウェーデンへは20日もかけて船と列車でかかり、
さらにスウェーデンの夜は明るいため、睡眠にも支障があり、
食事面では、当時のスウェーデンに米はなかったそうです。
その上マラソンの当日は、金栗さんを迎えに来るはずの車が来ず、
競技場まで走らなければいけない状態。
また40℃という記録的な暑さで、参加者68名中およそ半分が途中棄権し、
ポルトガル代表のフランシスコ・ラザロは倒れた上、翌日亡くなったそうです。
マラソン中に消えた日本人の話は、地元で開催されたオリンピックの話題の一つとして
スウェーデンではしばらく語り草となったそうです。
時を経て
1967年(昭和42年)3月、スウェーデンのオリンピック委員会から、
ストックホルムオリンピック開催55周年を記念する式典に招待されます。
ストックホルムオリンピックでは棄権の意思がオリンピック委員会に伝わっておらず
「競技中に失踪し行方不明」として扱われていました。
記念式典の開催に当たって当時の記録を調べていたオリンピック委員会が
これに気付き、金栗さんを記念式典でゴールさせることにしたそうです。
招待を受けた金栗はストックホルムへ赴き、
競技場内に用意されたゴールテープを切っりました。
この時「日本の金栗、ただいまゴールイン。
タイム、54年と8ヶ月6日5時間32分20秒3、
これをもって第5回ストックホルムオリンピック大会の全日程を終了する」
とアナウンスされました。54年8か月6日5時間32分20秒3という記録は
世界一遅いマラソン記録であり、今後もこの記録が破られる事は無いだろうと
言われています。金栗さんはゴール後のスピーチで
「長い道のりでした。この間に孫が5人できました」
とコメントしています。
東京マラソンに出場される皆様、頑張って下さい。
<MORIGUCHI>
2011年2月24日
ハワイ研修パート4(最終章)
続いて遊覧飛行当日。
早目に寝たつもりが、興奮のあまり眠れませんでした(>_<)
ユキさんと待ち合わせの場所までOさん一緒に向かいました。
ユキさんと合流し、早速ハワイの空に飛び立ちました(^O^)/
ワイキキ上空!
先日登れなかったダイヤモンドヘッド!
ユキさんのガイド付き!
ノースショアー!
ドールプランテーション!
1時間程の遊覧飛行でとても満喫出来ました。
最後にユキさんと記念撮影!ユキさん本当に有難うございました。
帰り際にユキさんに最後のお願いをしました。
ハワイに行く前からどうしてもやってみたい事がありました。
スカイダイビングです。パイロット繋がりで頼んでみると、早速知り合いの
方に連絡して頂きました。
ユキさん、いろいろと本当に有難うございました。
そのままOさんとスカイダイビングのポイントまで車を走らせました。
現地に着くとドキドキする暇もなく、
15分程ですでに飛行機の中です!
上空3500Mのポイントに到着!
気付けば空を飛んでました\(゜ロ\)(/ロ゜)/
あっという間の出来事でした(゜o゜)
Oさん無理やり誘ってしまい、すみませんでした。
~・~・~・~・~・~・~・~・
興奮したままホテルに戻り、Oさんとはここでお別れです。
毎日私にお付き合いして頂き
本当に有難うございました。とても良い思い出が出来ました。
~・~・~・~・~・~・~・~・
その日の夜はR君達と最後の晩餐です。
東京のお客様にお薦めして頂いた「ラムズ・ファイヤー」に
皆で行きました(^◇^)
私があまりお酒が飲めないので、皆がいろいろなカクテルを注文してくれて
少しずつ飲ませてもらいました。
R君達にお願いして、カクテルのレシピやハワイで流行っている
カクテル等を通訳してもらい、本当にお世話になりました。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・
今回の研修で学べた事は、人と人との繋がりです。
ハワイに出発する前からバーベスパのバーテンダーとして、R君やOさん、
ハワイの情報を教えて頂いた、沢山のお客様達に出会えた事。
また、現地ではホテルのバーのスタッフの皆様にハワイでの過ごし方や
観光スポット、食事処やバー、パイロットの方等いろいろと紹介して頂いた事。
本当に感謝しきれな程、感謝しております。
人との繋がりをこれほど大きなものだと感じたのは初めてです。
この繋がりをいつまでも大切にしていきたいと思います。
今回、お世話をして頂いた皆様、本当に有難うございました。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・
最後になりましたが、5泊7日のハワイでワイキキビーチに行っていない
事に気付き、最終日のお昼に写真だけ撮ってきました(^_-)
<MORIGUCHI>
2011年2月23日
ウイスキーの小話 その④
今回もお付き合いください。
テーマは「ボニープリンスの反乱」です。
その1で書いた。グレンリベットの話で書ききれなかった事を書きます。
スコットランドは名誉革命の後スコットランド、イギリス統一国家
になってしまいます。
その時のスコットランド国王ジェームス2世はフランスへと亡命します。
その後スコットランドの貴族ハイランダー達は「反名誉革命組織」
「ジャコバイト」と名乗り反発します(クラン勢力と申します)
長き間反乱は続きます・・・
フランスへと亡命したスチュワード家(ジェームス2世)の孫
チャールズエドワードスチュワート(愛称ボニープリンス「ボニー」は可愛いの意味)
は祖父の亡国の念でスコットランド奪還を賭けて決起します。
(ちなみにかなり色男だったらしいです)
兵を挙げスコットランドに乗り込んだボニープリンスに呼応して
ハイランダージャコバイトは共にスコットランド国を取り戻そうと次々と
決起します。
1745年にグレンフィナン(地名)に兵を決起して、首都エジンバラを攻略
しかし寄せ集めの軍隊
1746年カロデン野(カロードン)の戦いでイングランドの大軍に大敗します
(一説で指揮系統がとれない状態になったと言われています)
その後ボニープリンスはフランスへ逃避します。
その過程でフローラマクドナルドとスカイ島の貴族マッキノン家に
助けられます。(スコットランドの西の島)
フローラはボニープリンスを女装させたりしてイングランドの追手の目をごまかし
無事スカイ島へと、その逃避は4日間
その間フローラとボニープリンスの間に恋心が生まれたと伝記でも
伝えられています。
マッキノン家はボニースコットを危険を顧みず匿います。
その後フローラとマッキノン家は無事ボニープリンスをフランスへと
逃避させます。
その時マッキノン家にはスチュワード家秘伝のお酒を伝え
フローラにはまたこの地での再会する約束をし、結い髪を切ってあげます。
ここで伝えた秘伝のお酒が現代に残っている「ドランブイ」というリキュール
ドランブイ

敬意を称して今でもラベルに「チャールズエドワードスチュワートリキュール」
と表記されています。
その後
フローラはボニースコットと匿った罪でイングランド軍に捕まり
ロンドン塔へ幽閉されます。
そのあと免罪となり、アランマクドナルドという男性と結婚して
新地アメリカへと移住します、(大富豪になったと言われています)
アランが亡くなるとフローラは故郷スコットランド・スカイ島へと帰郷します。
(ボニースコットとの約束を忘れていなかったのかもしれませんね)
しかしその頃にはボニースコットは亡くなっており、
フローラはこの地で余生を過ごします。
この伝記は今でもスコットランドの人々に愛され続けています。
民謡で
ボニーを大洋に ボニーを海へ
ボニーを大洋に ボニーを海へ 返しておくれ
歌われております。
カクテルもあります
ボニープリンス
ブランデー・・・・30ml
ドランブイ・・・・15ml
レモンジュース・・・15ml
シェークしてカクテルグラスに注ぐ
ボニーの結い髪は今でもスコットランドのダンヴェガンというお城にあるそうです。
これが残っているだけでフローラが約束を忘れていなかった信憑性が
高くなります。
この良い話はずっと語り継がれるんでしょうね
(matunaga)
2011年2月22日
ハワイ研修パート3
次の日も、天気の良い日です。
この日は、Oさんと一緒にドライブに出かけました。
ワイキキを出発し
向かった先は、ダイヤモンドヘッドです。
車を駐車場に停めて、いざ出発!と、思いきや看板にCLOSEの文字!
マジで\(゜ロ\)(/ロ゜)/ せっかく来たのに(T_T)
仕方なく入り口で記念撮影!
続いて向かった先は、ハナウマ・ベイです。
しかし、ここもCLOSEの文字(>_<)
泣きたくなります。
そのまま、Oさんとハワイを1周して来ました。
お昼過ぎにワイキキに戻り、昼食をとりに「マイタイ・バー」に向かいました。
ショッピングセンターの屋上にあり、天気の良いお昼に外でのカクテル!
ここでは「マイタイ」を頂きました。
雰囲気はとっても良かったです。(^◇^)あまり飲めませんでしたが(>_<)
一旦、Oさんと別れホテルでひと眠り(-_-)zzz
夕方、再びOさんと合流し予約したレストラン「Alan Wongs」です。
素敵な料理でとても満喫出来ました。
紹介して頂いた、ユキさんと記念撮影!
ここで前回に引き続き4つ目の偶然
紹介して頂いたユキさん、実はパイロットでもありました(^O^)
そこで、次の日の遊覧飛行をお願いしたら、心良くOKしてくれました。
その後ホテルのバーに戻り、今日のご報告。
遊覧飛行のスタートが早かったので、早目に眠りに着きました。
パート4に続く <MORIGUCHI>
2011年2月21日
名前や流行で飲むモルトではない
先日、帝国ホテルにて行われた「トマーティン」のセミナーに行ってきました。
今回のセミナーは、トマーティン蒸留所のマスター・ディスティラーであるダグラス・キャンベル氏を招いてのセミナーでした。
トマーティン蒸留所は、1897年トマーティン村に創業。
スコットランドの古語で「ネズの木の茂る丘」を意味する村です。
ロンドンの北西約900km、標高315mにあり、人口はおよそ500人という何もないこの村にてウイスキー造りをスタートしました。
何もない村、ただ、しかし、この村にはウイスキー造りに適した環境は整っていました。
清らかな小川が流れ、良質のピート(泥炭)も産出されている。
気候や湿度などもウイスキー造りには最適な自然環境。
まさにウイスキー造りの理想郷でした。
そんな理想郷でウイスキー造りを始め、
拡張を続けた黄金時代。
買収や復活も経験し、
スコッチの歴史の栄枯盛衰を身をもって体験してきた、
トマーティン蒸留所。
しかし、これだけは頑なに守り続けた。
いい水、
いい仕込み環境、
そして、いい造り手。
そのこだわりが
いまやスコットランドで最大級の蒸留所をつくりあげました。
そんな、ちょっと渋い感じを匂わせるトマーティン蒸留所のセミナーです。
今回は、樽で熟成をさせていないという「ニューポット」から、今後リリースを予定しているという「The Decades(仮)」まで、計6種のテイスティングを行いました。
どれもこれもそれぞれの個性があり、とても楽しめました。
出勤前だというのについつい完飲♪
思う存分楽しみ・・・、いえいえ、勉強させていただきました!
具体的にどれがどういう感じだったかというのは・・・・・
ご来店の際に直接お尋ねください!
銀座店にてお待ちしております。
ちなみにタイトルはトマーティンのキャッチコピーからの引用でした。
<ODA>
2011年2月20日
仕込み
「今日は仕込みが多い」
そう思い、いつもより少し早目に出勤しました。
いつもの時間の40分位早く着いたのですが、小田が先に来てました。
しかも、掃除は終わっている。
(^o^) 感心です。
そんな小田を喜ばせてやろうと、サービス精神でこんな事やってました。
ジュース用のグレープフルーツ&オレンジ。
積み重ねてみました。
オールド・パーのボトル。
斜めに立ててみました。
・・・・・しかし、反応はイマイチ。
ジュース用の柑橘類は、皮を剥いて、ラップして冷蔵庫で数日ねかせます。
そしてまた悪戯を・・・。
ドラえもんにしちゃいました。
これには、まぁまぁの反応。
そんな事やってばかりではなく、仕事を進めなければ・・・。
剥いた皮も、ちゃんと利用します。
レモン・オレンジ・グレープフルーツ。
綺麗に成形します。
グレープフルーツは飾り用。
蝶々。
星☆
よく、お客様からどうやって作るかを聞かれます。
「切り絵職人ですから・・・・」なんて冗談を、よく言いますが・・・・・、
片抜きです。 (・_・;)
(KANKI)
2011年2月19日
イルカくん
変わらず通ってる、氷彫刻。
ここ数カ月、カジキを作り続けてます。
何度やっても難しい・・・うぅ~ん、奥が深い(・_・;)
先日も講習に行って来ましたが、清水先生、また新作を作ってました。
いつも見事なものです。
毎回、驚かされます。
(KANKI)
2011年2月18日
ハワイ土産
先日、ハワイ研修から帰ってきた森口氏より
お土産が届きました!
日本ではまだ発売されていないフレーバード・ウォッカです
グレープの香りが付いたウォッカ。楽しみです!

早い者勝ちです、お近くまでお越しの際には是非ご賞味下さい。
森口くん、ありがとう^0^
(inoue)
2011年2月17日
空気清浄機
先日、散髪に行った時の事。
空気清浄機や加湿器の話になりました。
銀座店は狭いので、空気が悪いと感じる事が多々あります。
うちの店も、空気清浄機を買おう!
そう決めたのですが・・・・。
その日のうちに、とはいきませんでした。
しかし、その日の夜。
テレビを観てると、日テレ通販がやってました。
そこで目にしてしまったのが、
空気清浄機 \(゜ロ\)(/ロ゜)/
私は電話をかけてしまいました。
そして、
届いてしまいました。
今から花粉も沢山飛びます。
お店をいい空気に!
(KANKI)
2011年2月16日
ハワイ研修パート2
前回の続きで、2つ目の偶然!
私がハワイに行く期間に、あるお客様(Oさん)も同じ期間ハワイ旅行に行かれる
という事でハワイで合流を約束しました。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・
2日目、約束通りOさんと合流しました。
Oさんがレンタカーを借りていたので早速ドライブ!
向かった先は、「HITACHIの木」です。
「この~木なんの木、気になる木~」と歌いながら写真撮影!
続いて昼食を、ハワイで有名な「エッグスン・シングス」
ここでは、パンケーキとロコモコを食べました。
昼食を済ませ、一旦Oさんとお別れ。
夕方、前日会ったR君とR君のお友達とOさんと皆一緒に食事会!
ハワイに1人で来たのに、現地でこんなに沢山の方と一緒に食事が出来て
とっても嬉しかったです。
ここで飲んだカクテル(ピニァコラーダ)
食事後、R君達と別れOさんと一緒にバーにもう1軒行って来ました。
ここで飲んだカクテル(フローズン・ストロベリー・ダイキリ)
あまり飲めなかったので、Oさんに注文をお願いしてもらい
1口だけ頂きました(^O^)
その後、ホテルのバーで今日1日の出来事を伝え
明日の予定を立てました。
次の日食事で行きたいレストランの話をしていると、そのレストランの
方を知っているとの話になり紹介して頂ける事になったのですが
ここで3つ目の偶然
たまたま、その時紹介してしてもらう方がバーにご来店!
そのまま、ディナーの予約を入れました。
パート3に続く <MORIGUCHI>
2011年2月15日
後輩の成長
先週の土曜日。
森口と、2人での営業。
夜12時までの営業であったのが、お客様がいたので延長。
その時に、ある常連様でお若い方が来てました。
彼が、「月曜日は、森口さん、神吉さんは出勤ですか?」と尋ねられました。
私が、「はい、いますよ。」と答えると、
森口も、「私もいます。」と答える。
≪おいおい森口、君は月曜日は休みでしょ!≫
と、思いましたが、黙ってました。
そのお客様、、、、
「じゃぁ、月曜日、10名できますね!」と言ってました。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
結局、その日の営業は4時過ぎに終了。
2人とも疲れて、会話もなし。。。。。
じゃぁ帰りましょう!という時に、森口が、
「僕、月曜は出てきます。」と言ってきました。
先ほどの発言は、無責任ではなかったようです。
《 (・。・) ホホぉ~ 》
私は感心し、また、嬉しく思いました。
森口には、月曜日の休みを変更するように指示しました。
もうすぐ黒服になって1年。
責任感と成長が見えた気がしました。
その日も寒かったのですが、帰り道、その寒さを忘れて、清々しい気持ちで帰宅できました。
立場が人を育てるものです。。。。。
(KANKI)
2011年2月14日
盃
この間の連休、媚山マスターが東京に来ました。
11日の夜、マスターと食事の約束。
17時に銀座店で待ち合わせしてました。
いきなり、私にプレゼントがあると言います。
有田焼の盃です。
形は、私たちが使う、メジャーカップのよう。
ひっくり返しても使えます。
カクテルグラスなどでもそうですが、口の広さを考えます。
甘口の飲み物は、口が少し広め。
辛口の飲み物は、口が少し狭め。
日本酒で、両方使えるようにと、作ってもらったそうです。
相変わらず、面白い事やってる、媚山マスター。
その日の夜は、2人で日本酒を1升飲みました・・・・・(ToT)/~~~
(KANKI)
2011年2月13日
マイファニーバレンタイン
先日「阪急のバレンタイン」に行って参りました。

会場は阪急梅田の10.11階フロアでした。
お店で生チョコやトリュフを作ってますので何か勉強できるかと思ったのですが・・・

見渡す限り人・・・おまけに男性は私だけ(あたりまえか)
少しまわりの目線が気になりつつも回りました。

ラ・メゾンデュ・ショコラ
パリのトップメゾンで今年の流行はノアールチョコ(黒のショコラ)で
時代に乗ってて店頭にはホワイトのチョコは並んでいませんでした。(流石)
日本も負けていません

マダムセツコ
先日早めのチョコをお客様に頂きました。
お二方に頂いたのですが、両方ともsetukoでした。(流行かと思いました。)
アーティスティックともいうのでしょうか?
チョコにフォンダンを使った花の模様をあしらったチョコです。
(Jさん、Tさんありがとうございました。)
後はクラブハリエ
世界大会で優勝した「山本隆夫」シェフのお店

出店してた所にあったらしいです・・・
人が多かったためほとんど流し目状態に
今流行ってるみたいです。
この会場に100店ものお店が出店していました。
お店ごとに個性溢れていて、今度試してみようかと思うチョコもあったので
頑張って作ってみます。
(matsunaga)
2011年2月12日
デンファレ
今度はデンファレを作ってみました。
シンプルなデザインですが、綺麗です。
練習で、沢山作ってみようと思ってます。
(KANKI)
2011年2月10日
ハワイ研修パート1
先日、ハワイに5泊7日の研修に行って参りました。
初めての1人海外で、とっても緊張していて前日はあまり寝れませんでした(>_<)
羽田空港に22:30集合、0:30出発の予定だったのですが
不安のあまり空港に18:00に到着してしまいました(+o+)
羽田空港国際線は初めてで1人でウロウロ、食事も済ませて安心したのか
ベンチでひと眠り(-_-)zzz
集合時間にチケットをもらい税関も無事通過。
出発ロビーでウロウロしているとアナウンスが聞こえてきました。
「ホノルル行きのモリグチツヨシ様、7番ゲートまでお越しください」
\(゜ロ\)(/ロ゜)/
いきなりトラブルか\(◎o◎)/!いやな汗をかきながら7番ゲート行き
内容を聞くと、他のお客様で席の移動の申し出があり、私の席と変わってほしい
との事。トラブルでなかった事に一安心し、席も譲りいざ出発(^O^)/
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・
ハワイに到着したのは現地時間で、AM11:00頃でした。
初めてのハワイ!とってもドキドキしながらバスに揺られ宿泊するホテルへ!
ホテルに着き、ほとんど喋れない英語を身振り手振りでなんとか説明し
無事チェックイン。部屋に着いて荷物を整理し早速ハワイ探索に出発!
と、思いきやロビーに戻ると今度はいきなりのスコール(ToT)
なかなか思うようにいきません。勇気をだしてスタッフにタクシーを
呼んでもらいましたが、今度はタクシーにスルーされ半泣き状態です。
傘を買おうとコンビニに駆け込むと今度は傘が売ってない(・_・;)
しょうがなく濡れながら探索に出発すると10分程で雨もあがり天気も回復
してきました。(^◇^)
ブラブラと散歩をしながら小一時間でホテルに帰りひと眠り(-_-)zzz
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・
ここで昨年の12月のお話!
12月にあるお客様がご家族でご来店されました。
話の流れでハワイの話になり、ここで1つ目の偶然!
ご家族の末っ子のR君は、現在ハワイの学校に通っているとの事。
テンションがあがり、さっそく連絡先を交換し、ハワイで再会を約束しました。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・
ホテルでひと眠りしたあと、ハワイでR君と再会(^◇^)
R君のおすすめのお店で夕食をとり、続いて夜景スポットに連れて行ってもらいました。
残念ながら写真ではちょっと暗いですが絶景でした(^O^)
夜景を見た後、R君とは別れたのですがR君にホテルのバーを紹介してもらい
早速行ってみました。
そのお店は日本の女性の方が経営されており、私がハワイに来た経緯を伝えると
気持ちよく協力してくれました。
その日は長旅のせいでゆっくり眠れました。
~パート2に続く~
<MORIGUCHI>
2011年2月 9日
練習作品
今回は、二つのバラを彫ってみました
まだまだ完成度は低いのですが、頑張ります

ネタがかぶってしまいましたが・・・スミマセン
(inoue)
2011年2月 8日
新旧の天才
日比谷公園。
今、公園内に特設会場が置かれ、特別展「ダ・ヴィンチ ~モナリザ25の秘密」がやってます。
(2月20日まで)
天才、レオナルド・ダ・ヴィンチ。
数々の発明も紹介されてました。
ダ・ヴィンチの頭の中は、どうなってたんでしょう?
モナリザの秘密も、興味深いものでした。
見応え充分、楽しい展示会でした。
その後映画へ。
話題の、「ソーシャル・ネットワーク」。

SNSサイトのFacebookを創設したマーク・ザッカーバーグらを描いた映画。
個人的には、好きな作品でありました。
新旧の天才に触れた一日でした。
(KANKI)
2011年2月 7日
カンパリの赤
はじめまして、福岡店の藤川です。
これからよろしくお願いします。
早速ですが、カンパリというお酒はご存知でしょうか。

カンパリ(Campari)はイタリアで生まれたお酒なんですが、様々なハーブやスパイスが使われているビターな味わいのリキュールです。
ほろ苦い味わいのなかにも甘味があり、カンパリというリキュールが好きな方も多いのではないでしょうか。
カンパリの特徴をその味わいの他に挙げるなら、やはり美しい緋色です。
先日、知り合いの方からカンパリの赤はある虫から採取した着色料を使って着色していると聞いたので調べてみました。
その虫とはカイガラムシと呼ばれ、世界中に広く分布している昆虫です。
日本でも果樹や樹木の害虫として知られていますが、カイガラムシは植物の存在するほぼ全ての地域、地方に特有の種類が確認されておりカイガラムシとはそれらの昆虫の総称のようです。
カイガラムシの中にはいくつかの種で分泌する体被覆物質や体内に蓄積される色素が重要な経済資源となっているものも多く、その中でもカンパリの着色に使用される着色料は中南米原産のコチニールカイガラムシから採取されています。
コチニールカイガラムシは別名を臙脂(えんじ)虫とも呼ばれ、濃い赤色を臙脂色というのは中国で別のカイガラムシの色素を臙脂と呼んでいたことに由来するようです。
コチニールカイガラムシはウチワサボテン属に寄生し、アステカやインカ帝国などで古くから養殖され染色用の染料に使われていました。
体内に含まれる色素成分の含有量が多いので、今日色素利用されるカイガラムシの中ではもっともよく利用され、メキシコ、ペルー、南スペイン、カナリー諸島などで養殖され、染色用色素や食品着色料、化粧品などに用いられています。
それほど重宝されている臙脂虫の色素ですが、臙脂虫から採取される赤の色素はメスからしか採取できないようです。
ここで臙脂虫から色素を採取する方法を丁寧に説明したいのですが、その表現方法によっては刺激が強く不快に感じられる方もいらっしゃると思いますので興味のある方は是非調べてみてください。
ちなみに臙脂虫が植物に寄生している様子もまた同様ですのでこの昆虫の姿についても興味のある方のみ調べてみてください。
コチニールカイガラムシから採取したこの色素をコチニール色素と呼ぶんですが、17世紀にスペインが南米に侵攻した際に、現地の方々がこのコチニール色素を染料として用いているのを見てその美しい赤に感動し大陸に持ち帰ったのが、今日世界中でコチニール色素が広く使われるようになった始まりのようです。
中南米を占領していたスペインはビジネスとしてこのコチニールをヨーロッパに売りつけ巨額の富を築きました。
1860年にイタリアで生まれたカンパリですが、長い間使用されていた臙脂虫の着色料も数年前からは他の天然色素に変わってしまったようです。
カンパリについては分かりませんが、染料として広く用いられるコチニール色素の正体をご存知の方は多いようで、特にこれを食品に用いる事に対して不快に感じられる方も多かったみたいです。
カイガラムシについて調べた僕としては十分に理解できるごく正常な意見ですが...
もしかすると、カンパリの着色に用いられる着色料が他のものに変わったのは、そういったことが背景にあるかもしれませんね。
ところで調べごとの途中で興味深い本の存在を知りました。
「完璧な赤―『欲望の色』をめぐる帝国と密偵と大航海の物語」、エイミー・B・グリーンフィールド著、佐藤桂訳、早川書房、2006年
今回調べたコチニールについて書かれているようなので時間のある時に読んでみます。
話は戻りますが、コチニールカイガラムシの画像は是非探してみてください。
おそらく記憶に残り、この先忘れることはなかろうかと思われます。
コチニールカイガラムシで検索するとすぐに見つかります。
是非宜しくお願いします。
それにしても、サボテンに寄生するコチニールカイガラムシのあの様子...
近づき難し。
カイガラムシ自体あまりいいビジュアルとは言えないんですが昔の人々はよくそれを用いて色素を採取するに至ったなと、カイガラムシの画像を見ながら小さな感動を覚えた僕でした。
何に対しても興味を持って試すことって大事ですね。
その経緯はどうであれ、結果カンパリですから...
感謝です。
カイガラムシについて教えてくださったS氏、ありがとうございます。
(FUJIKAWA)
2011年2月 6日
ウイスキーの小話 その③
またまたですがお付き合い下さい。
今回はネッシーについて

ではなく
このネッシー伝説の舞台アーカード城、ネス湖の事についてです。
この城は代々スコットランドのグラント家が所有してきました。
この土地(城)は軍事拠点としては都合がよく、
スチュワード朝の時にはよくイングランドやスコットランドの氏族
「西の島々の王」マクドナルド家から襲撃を受けていました。
1400年頃から150年間ものマクドナルド家は攻略をしますが
グラント家は守り抜きます。
最終的にはマクドナルド家はイングランドと同盟を組み、
アーカード城に「大襲撃」をかけます。
これもグラント家は守りぬけます。(素晴らしいですね)
1644年にプロテスタントによって、その時の住人「メアリーグラント」
は城を追放され、見る見る内に城は荒廃していきました。
その後再び城はグラント一族によって修復されますが、
スコットランド、イングランド統一国家になり、「ジャコバイトの反乱」が各地で起こり
ジャコバイトの手に城が落ちるのを恐れたグラント家は
1692年に城を爆破します。
そのまま、再建されることはなくなりました。

↑ ネス湖と爆破されたアーカード城
(現在も観光できるようです)
グラントの名前が付く資本のウイスキーはいくつかあるので紹介します。

グレンファークラス・・基本シェリー樽で熟成させるウイスキー(こだわりで)
資本はジョージグラント

グレンフィディック・・京都にはボトルが無くこの画像ですが、、有名なウイスキー
資本はウイリアムグラント

グレングラント・・元は1840年にグラント兄弟が作りだしたウイスキー
シーバスリーガルの原酒、イタリアでバカ売れのウイスキー
すべて上記の物語を思わせるような、リッチな味わいのウイスキー
グラント家の力強さを思わせます。
(matsunaga)
2011年2月 5日
銀座店の2月のおすすめカクテル
銀座店の2月のおすすめカクテルは、
季節外れの「ブルーハワイ」です。
ベスパに入店して3年が経ち、私、森口はハワイに研修に行って参りました。
現地で飲む本場のブルーハワイを勉強して来ましたので
是非、銀座店にご来店の際は、季節外れのブルーハワイをどうぞ!

ホワイトラム ... 30ml
ブルーキュラソー ... 10ml
ペルノ ... 1~2dash
パインジュース ... 60ml
ヘビークリーム ... 1/3tsp
<MORIGUCHI>
2011年2月 4日
はじめまして。
昨年10月、福岡vespaに入社致しました、永吉孝浩と申します。
先月で3ヶ月間の研修期間を終え、vespaバッチを頂きました。
カクテルの最初の勉強のジンリッキー、ジントニックでは
ジンとライムのバランスを四苦八苦しながら学びました。
常連のお客様にジンリッキーを7回キャンセルされたことも・・・
そんな顔面蒼白な経験を経て、最近シェークのカクテルを
勉強させて頂けるようになりました。
が!!
またしても、ジンとライムのカクテル『ギムレット』です。
ジン、ライムのバランスに加えシェークの要素も加わり
楽しさ、難しさ半々という感じです。
自信を持てる一杯を目指し、日々精進して参ります。
宜しくお願い致します。
(NAGAYOSHI)
2011年2月 3日
今度は松本
先日、また松本に行って来ました。
天気はよし。
しかし・・・・・寒い(+o+)
やはりマイナス・・・。
日中で既にマイナスです。
夜はかなり冷え込むとのことです。
それはそれで、目的地へ。
向かうは、松本城!
実は、これを見に行ったんです。
今回は参加は出来ませんでしたが、勉強の為。
やはり、かなりハイレベル。
素晴らしい作品が沢山でした。
この前の明治神宮での大会で1位だった、平田さんの作品。
お父さんとのチームでの作品。
やっぱり凄いです。
松本の大会は、氷を15本まで使って、2人1組で制作します。
いつか、参加出来るよう、私も頑張りたいと思いました。
メッチャ燃えてきました。
やはり、行って良かった。
(KANKI)
2011年2月 2日
桂 塩鯛さん襲名披露
先日、お客様より嬉しいプレゼントをいただきました!
昨年7月「桂 米朝 一門会」にお招き頂いた祇園の芸子Mさん
お礼にハンカチをお渡ししたのですが・・・
「あれは、たまたまご一緒するはずの方がキャンセルになっただけやし~
お礼まで頂いて気になってたんですよ~だから今回はプレゼントやから!」
ということで・・・お言葉に甘えてチケットを頂戴しました。Mさん有難うございます!

今回は桂 都丸さん改め桂 塩鯛さんの襲名披露公演です
人気のある噺家さんですので、今回は諦めていたのですが嬉しいサプライズでした!
そうそうたる出演者で、とても魅力的です!
今からとても楽しみどす~~しっかり楽しみたいと思います(^0^)
Mさん有難うございました。
(inoue)
2011年2月 1日
節分 お化け
早いことで1月もあっという間に終わり2月です
2月といえば節分です。京都の節分は一風変わったイベントがあります
花街の芸舞妓さんが、時代劇やスポーツ選手、海外の民俗舞踊など
通常の衣装とは違う扮装で各お座敷にでます。これを「お化け」といいます
毎年2月2日・3日の二日間は変装した芸舞妓さんが通りを走り回っています!
5~6年程前ですが、お店の前でボ~~としてたら
目の前から変装した芸舞妓さんとお客様の団体に拉致された事があります
案の定、顔には化粧をされました・・・営業があるので急いで退散しましたが
お店に戻るまでの道中は顔を隠しながらダッシュした記憶があります^0^
今年は皆さんどんな変装をされる事か・・・
節分の二日間は通りに立っているだけでも、沢山の芸舞妓さんに遭遇できますよ!
(inoue)