2009年01月02日
「今年の漢字」
毎年、12月12日に京都の清水寺で「今年の漢字」を発表しています。
日本漢字能力検定協会が、その年をイメージする漢字一字の公募を日本全国より行い、その中で最も応募数の多かった漢字一字を、その年の世相を表す漢字として巨大な和紙に書きます。
2008年は
「日本の首相交代やオバマ次期米大統領の「チェンジ」(変革)、株価暴落や円高ドル安などの経済の変化、食の安全性に対する意識の変化、世界的規模の気象異変による地球温暖化問題の深刻化、スポーツ・科学分野での日本人の活躍に表れた時代の変化などの意味が込められ、政治・経済をはじめ、よくも悪くも変化の多かった一年。」
ということで、ご存知の通り「変」でした。
この行事は1995年から始まりました。
ちなみに過去の「今年の漢字」は、、、
1995年 「震」
阪神大震災発生。地下鉄サリン事件や金融機関の倒産などによる社会不安の拡大。
1996年 「食」
O157による集団食中毒の多発、それによる学校給食などへの影響。税金や福祉を「食いもの」にした汚職事件の多発。
1997年 「倒」
相次ぐ大型企業の倒産や銀行の破綻。山一證券の廃業。
1998年 「毒」
和歌山毒物カレー事件の余波で毒物混入事件が多発。ダイオキシンなどへの不安の高まり。社会問題となった環境ホルモン。
1999年 「末」
1000年代、1900年代、1990年代の最後(世紀末)。東海村JCO臨界事故発生。翌年への「末広がり」の期待を込めて。
2000年 「金」
シドニーオリンピックで、田村亮子、高橋尚子が金メダル。金大中と金正日による初の南北首脳会談。長寿姉妹のきんさんぎんさんの成田きんが逝去。
2001年 「戦」
アメリカ同時多発テロ事件発生。アメリカのアフガニスタン侵攻が始まる。
2002年 「帰」
初の日朝首脳会談により、北朝鮮に拉致された日本人が日本に帰国。日本経済がバブル期より以前の水準に戻る。昔の歌などのリバイバルヒット。
2003年 「虎」
イラク戦争の勃発。「虎の尾を踏む」ような自衛隊イラク派遣。阪神タイガースが18年ぶりにリーグ優勝。
2004年 「災」
新潟県中越地震発生。台風23号が上陸して多大な被害を与えた。美浜発電所の事故や三菱リコール隠し。
2005年 「愛」
愛知県で愛・地球博の開催。福原愛など「あいちゃん」という愛称の女性の活躍が目立った。親が子を、子が親を殺すなど「愛の無い事件」が目立った。
2006年 「命」
小学生、中学生の自殺多発。北朝鮮の核実験。臓器移植事件、医師不足などによる命の不安。
2007年 「偽」
「白い恋人」や「赤福餅」など食品表示偽装が次々と表面化。年金記録問題の発覚。防衛省の汚職問題の発覚。テレビ番組『発掘!あるある大事典!!』による捏造問題。
わずか14年ですが色々な出来事や事件事故がありました。
その年その年、自分が何をし、何を考えていたかなど思い出すと面白く感じます。
あと、私が考える私自身の2008年の「今年の漢字」は
「平」
です。。
浮き沈みがあまりなく、飛ぼうとしても飛べず、でも大きな落とし穴に落ちる事もなく、平穏で変化がなく、世相とは逆の年でした。。。
2009年はもっといい漢字にしたいと思います。
皆様の2008年の「今年の漢字」は何だったでしょうか?
WATANABE
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2008年10月28日
東京研修と休日
先日、東京研修に行ってきました。
ブログで告示したところ、それを見てご来店されたお客様もいらっしゃいました。
わざわざご来店頂き、ありがとうございました。
わずか3日間でしたが、たくさんの方にお会いし、色々お話も出来、刺激になった研修でした。東京で得たモノを京都で活かしたく思います。
先輩方のお気遣いにより、3日間の研修の後、1日休みを頂きました。
どこに行こうかと色々考えていましたが、よく考えれば、人生4回目の東京(うち3回がお店の出張)。右も左も分からないどころか、どこに何があるのかも分からない事に気づきました。
困った。。。
でも、分からない事は聞けばいいわけで、銀座店の三好さん(銀座店の新人)に聞いたところ
「・・・六本木がいいんじゃないですか??」
なるほど。
ちょうど六本木にあるサントリー美術館で「巨匠ピカソ 魂のポートレート」展 が催しています。
「明日はここに行こう!」と決め、色々調べると近くの「国立新美術館」でも同時展覧していることが分かりました。
翌日。
まずは「国立新美術館」へ赴きました。
日曜日という事もあり、かなり混雑しているのかな、と思いましたが、思いののか空いておりました。
ロゴです。
今回のピカソ展は、ピカソが最後まで手元に残した作品の主なコレクションがあるフランス国立ピカソ美術館の改装によって空前の規模の世界巡回をしているそうです。
2時間ほどピカソの絵の数々を観て、次は「サントリー美術館」へ行きました。
美術館といっても単体で建物があるわけではなく、東京ミッドタウン内の複合施設のビルに隣接しているかたちです。
ここでも2時間ほど拝見。
いつもでしたら、こういう美術展を観たら結構クタクタになりますが、不思議に疲れは全くなく、色々東京を見聞したい気分でした。
観ても考えてもさっぱり分からないピカソの絵ですが、もしかしたら、こういうエネルギーを与えてくれる力がピカソの絵の魅力ではないか・・・と勝手に思ったりしました。
東京ミッドタウンの横には散歩にはちょうどいい公園があり、プラプラ散歩を楽しんでると、日本で活躍する気鋭のデザイナーの作品が置いていました。
少し歩くと小さな美術館を発見。
「21_21DESIGN SIGHT」という美術館で、1階スペースはほとんどなく、地下が主な展示場です。
現代アートという事もあり、かなり筆舌し難く、説明は出来ませんが、出品数は十数点と少ないものの1時間近くいました。なかなか不思議な空間を満喫できました。
ものすごく充足感を得て帰路につき、東京を後にしました。
2会場でピカソを観、緑の上を歩き、最後に現代アートの斬新さで頭をすっきりさせる。
すごくいい体験でした。
皆様も是非足を運ばれて下さい。きっと新しい発見があるのではないでしょうか?
http://www.suntory.co.jp/sma/
サントリー美術館
http://www.nact.jp/
国立新美術館
http://www.2121designsight.jp/
21_21DESIGN SIGHT
WATANABE
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2008年09月30日
王監督
先日、王監督の最後の挨拶をテレビで見ました。
福岡のファンは寂しがってるのだろうなと思いつつ、拝見してました。
以前、2度ほどお会いしたことがあります。
いい噂しか聞かない方ですが、その通り、人格者であるとの印象でした。
初めてお会いしたのは、銀座の某おでんやさんにて。
媚山マスターに連れて行ってもらったのですが、時間帯なのか、カウンターは他に1組のみ。
どうみても王監督!
座るなり、媚山マスターの第一声、
「監督!私は福岡です」
えぇ~、マスター熊本でしょ。
確かに福岡にも住まいはありますが・・・・・恐るべし。
監督は、
「あぁ、そうなの」
とにこやかに答えてくれ、少し話が盛り上がろうとしたときに、
「貴方達、少し黙ってちょうだい!」
とお連れの女性。
我々も遠慮して2人だけで話してました。
どうしても会話が聞こえてくる中で、監督のお連れの女性の正体が解ってきました。
どういうご関係かは解りませんでしたが、監督とはじめてお会いしたのは東京オリンピックの頃。
家族ぐるみのお付き合い。
監督より年上。
旦那さんはフランス人。
フランスと東京での生活。
フランスの自宅の地下はワインカーブでコレクションが数百本。
監督・・・・話にあまり興味なし。
マダムは、
「王さん!あなたつまらないわね!」
と言いながら、更にしゃべり続ける。
ここでひとつのキーワード。
「シャトーペトリュス・83年のマグナムを持っている」と。
そこで媚山&神吉、
「すげぇ~」
マダムが一変、
「貴方達、バーテンさんだったら、解るわよね」
もうご機嫌。
更に30分近くしゃべり続ける。。。。
監督も楽しくなったようで、
「じゃぁ、君たちの店に行きましょうか」
とのことでお会計となったら、監督、
「大将、彼らの分も僕につけて!」
おでん、おごってもらっちゃいました。
ベスパ銀座店にて、監督はマティーニ、マダムはソルティードッグの一杯ずつ。
話は弾み、では帰りますとの時に、媚山マスターが、
「今日の分は結構です。先ほどご馳走になりましたし・・・」
と言うと、監督、
「貴方も商売人でしょう?それはそれ、これはこれ」
といって、1万円をおいて、
「おつりは結構です」
・・・・かっこ良すぎです。
2回目は中洲店にて。
そのときはちょうどWBCの直前。
「頑張ってください!」と声をかけその日はお別れしました。
結果、優勝という成績でしたが、その半月後。
前回監督とご一緒だった方が来店。
監督の「WBC」と入ったサインボールを私に届けてくれました。
今も部屋に飾ってます。
監督、本当にお疲れ様でした。
これからはお身体を大事に、いつまでもお元気で!
私はおでんをおごってもらったことが、一番の自慢です。
(KANKI)
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2008年08月30日
帰省
先日、連休を頂き、実家の島根に帰省致しました。
私の実家に帰るため、唯一にして無二のルートで約9時間掛けていつも
「と、遠いなぁ。。。」
と思いながら高速バスに乗って、電車に揺られ、船で潮風を感じ、帰路についていました。
でも、周りを見れば結構面白い光景があるものですね。
帰路も後半、船に乗って隠岐の島に向かう途中、すごい格好で寝ている子を見つけましたっ。
何があったんでしょう??
熟睡しているようですが、起きたら間違いなく、足は痺れているでしょう・・・。
実家では昔から見ているんだけど、よく見たら、よく考えたら、変なモノがありました。
・・・・プラグ付きのコンセントです。
付いてるプラグから電気を供給しないと、このコンセントは使えません。。。。。。。
もう15年以上前に、いつの間にか玄関に置いてある「髪が伸びる人形」です。
全体的にマダラに伸びているのですが、この写真では、前髪がそこはかとなく伸びています。
ちょっと分かり難いですね。
外に出て見ると、
真偽のほどは分かりませんが、左の石が、「後醍醐天皇が座った石」です。
隠岐の島唯一の湧き水です。気温や乾期雨期問わず、年中止まる事無く湧き出ています。
小さい島に湧き水をいうのはかなり稀有で、専門の調査団が調べたところ、明確にどこが水源かは分かりませんでした。
軟水です。
飲んだところ、おそらく硬度は30~40位です。
生まれ育った土地、家でありながら、視点を少し変えると色々なものが見えてきます。
知っている事が分かっている事じゃなく、色々な意味で「迷子になる」と、良い意味でも悪い意味でもなく、新しい何かを発見できるような気がしました。
WATANABE
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2008年08月09日
「リュトン ~聖なる酒器~」
先日、滋賀にある「MIHO MUSEUM(ミホ・ミュージアム)」に行ってきました。
「リュトン」という器を展示していました。
ちなみに「リュトン」とは、注ぐための器で、多くは動物の形状をしており、名前は古代ギリシャの「流れる」を語源とします。この種の器は起源が古く、新石器時代の器に遡ることが出来ます。
古来、動物の形には重要な意味が込められており、神聖な儀式等で「リュトン」を通し注ぎ出された液体には、特別な力が漲っている、と考えられていました。


※http://www.miho.or.jp/japanese/collect/collect.htm より
近畿圏では結構有名なこの「MIHO MUSEUM」。
お客様からかなり噂はお聞きしていたので、休日を利用し、向かいました。
最寄の駅からシャトルバスが出ており、バスに乗る事、50分・・・・。
こんな道が延々続ます。。。
到着!
が、建物が小さい。。
中に入って、招待券を見せると
「こちらはレセプションセンターです。あちらの道から博物館に行かれて、招待券をお見せ下さい。」
「わかりました!」
この道です。
少し歩くとトンネルがあります。
なにやら幻想的です。。
トンネルの後半に近づくと、博物館が見えてきました。
本当に到着!!
後ろを振り返る。
中の様子です。
大きい建物の中に幾つもの展示室があり、そこ以外は写真撮影はOKとのことです。
白っぽい壁や床など全て大理石です。
展示しているものも然ることながら、建物自体も実に素晴しいです。
ロケーションも素晴しい!
感無量で帰路についたものの、何やら腑に落ちないところが何点か・・・。
あとで調べてみると、この博物館の所有はとある法人が所有し、その敷地面積30万坪!トンネルもあの博物館の為に掘った、ようです。
そういえば、あちらの山に大きな建物がありました。
それはともかく、僕はいい美術館、博物館に出会うと心にゆとりが生まれます。第二の我が家、みたいな。
故郷の島根にもいい美術館がたくさんではありませんが、あります。
足立美術館、ティファニー美術館、島根県立美術館など。
今度、実家に帰るついでに色々行こうと思います。
WATANABE
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2008年07月04日
新人さん日記
銀座店に新人が入りはや、2ヶ月。
平田光則(ひらたみつのり)、23歳・・5月入店
また京都店にも、
山岡裕一(やまおかゆういち)、22歳・・5月入店
毎日、掃除や氷割りなどなど、悪戦苦闘しておりました。
しかし慣れてきたようで、仕事のスピードや精度も徐々に高まり、日々の成長が見て取れます。
シェーカーの練習など、毎日のトレーニングもしっかりやっております。
先日、そろそろ実際のカクテルメイクをやってみましょう!とのことで、ジン・リッキーにチャレンジ。
手順を教え、はい、どうぞ!
慣れない手つきですが、何とか完成。
では、私がテイスティングしましょう・・・・・。
しびれるほどに、まずい!
自分で試して、苦い顔。
将来有望です(笑)
そんな話を京都の井上と電話で・・・。
京都の山岡は最高にお酒が弱い。
勉強してるだけで潰れてしまったとのこと。
将来有望です(笑)
そんな珍道中の毎日です。
私が逆に鍛えられております。
(KANKI)
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2008年05月29日
芍薬(しゃくやく)
今週のお花は芍薬(しゃくやく)と紫陽花(あじさい)。
つぼみの状態で届いた芍薬はその日の深夜には一気に花を開かせました。
「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」
美人の姿を形容するのに使われますが、芍薬と牡丹の違いは 芍薬は枝分かれせずにまっすぐに立つのに対し、牡丹は枝分かれしやすく横張りの樹形になることから、そんな風に言われるようですね。
根を乾燥したものは「赤芍(せきしゃく)」、 「白芍(びゃくしゃく)」として
鎮静、鎮痛剤として使われているらしい・・・・。
花言葉は「生まれながらの素質」
アジサイ(紫陽花、学名:Hydrangea)は、アジサイ科アジサイ属の植物の総称。
学名は「水の容器」という意味。
日本での紫陽花の花言葉は、「移り気」。
紫陽花は、開花するにつれて色変わりすることから、
移り気な花といわれたようです。
フランスでは、「忍耐強い愛情」「元気な女性」だそうな。
もう南九州は梅雨入りしたようですが、雨の日も情緒を楽しめる余裕を持っていたいものです。
(KANKI)
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2008年05月26日
志賀島(しかのしま)
先日、志賀島へ行って参りました。

志賀島は、福岡県福岡市東区にある島で博多湾の北部に位置します。
海の中道と陸続きで、古代九州の大陸・半島への海上交易の出発点として、歴史的に重要な
位置を占めていたのです。

夏は海水浴客でにぎわうという、下馬ケ浜海水浴場。
まだ人も少なく静かにのんびりできました。
のんびりしていたらお腹も空いたので・・・

志賀島で獲れるサザエを食べに『あじ舟』へ。

サザエのお刺身に炊き込みご飯。美味でしたぁ~。
ちょっと足を運んだだけで小旅行のような気分になれる福岡は素敵です。
素敵な気持ち一杯で帰りたいところでしたが、島を一周しようと先へ進むと・・

島の東側には人家はなく、荒々しい岩場の海岸沿いを道路が通っているような所。
全く人目につかないようなところに、この粗大ごみの山です。
悲しい限り・・。
考えさせられます。
自然は大切にしていきたいものです。
(KIKUCHI)
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2008年05月14日
いもあらい
先日、お客様と方言の話をしていた。
その方は東京の生まれ育ちだが、「いもあらい」という言葉を質問された。
「たくさん人がいて、混雑してる状態」を「いもあらい」と言うそうである。
私は知らなかったので、調べてみると面白いことを発見。
京都府久世郡久御山町一口。
「一口」と書いて、「いもあらい」と読むらしい。
いも=天然痘(ほうそう)の方言。
洗い=追い払うこと。すなわち、病気を追い払うという意味。
これを踏まえ、こんなエピソード。
京都のこの場所は、淀川の支流に囲まれていて、出口が一つしかない。
そこで「淀の一口」と呼ばれていた。
あるとき、天然痘(ほうそう)が大流行し、村中が大騒ぎになった。
村にその病気が入らないようにと、一つしかない入口に、お稲荷さんをまつった。
それでここを「一口の芋洗い」と呼ぶようになった。
いつしか、「一口」だけが残り、それを「いもあらい」と呼ぶようになった。
他にも、
「洗った芋を出された空海が、一口で食べたから」
というネタもあるそうです。(こちらはお客様からの情報)
東京の一口坂も、昔は「いもあらいさか」と読んでたそうです。
しかし笑ってしまったのは、
「茨城弁でMRIのこと」
これには参ってしまいました。
(KANKI)
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2008年04月01日
夜桜
京都では、桜が咲き始めました。
土曜日という事もあり、たくさんの人が出ていました。
やっぱり綺麗ですね。
しかし、一口に「桜」と言っても、日本では固有種・交配種を含め600種以上の品種が自生しているそうです。どうりで、馴染みが深い訳です。
今年はいつまで咲いているのでしょうか?
少しでも長く咲いて欲しいものです。
(WATANABE)
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2008年03月29日
比良山荘
先日、滋賀県大津市にある「比良山荘(ひらさんそう)」という料理旅館に連れて行って頂きました。
13時の予約で、お店に着くとご主人と女将さんが笑顔で出迎えてくれました。
滋賀のお客様の紹介で、ここは「熊鍋」が有名という事で、そのコースを注文しました。
熊鍋の前に数品、出てきました。これで、お酒が進んでアッという間に、2合飲んでしまいました。
そしていよいよ、熊の登場です。
意外に赤身より、脂身が多いのにビックリしました。
煮詰まったダシにご主人が熊の肉を入れます。
しゃぶしゃぶのようにサッとお肉をダシに浸し、熱い内にすぐに食べます。
脂身が多いですが、牛や豚の油とは雲泥の違いで、ギトギト感がなくさっぱり食べれます。
誇張ではなく、この脂身だと一人であのお皿全部食べれるのではないか、と思うぐらいです。
しめはうどんです。
そして、ご飯です。
お腹いっぱいになったので、白飯は少なめにしてもらいました。
楽しい時間と美味しい御料理を堪能する事ができました。ありがとうございました。
京都市内からだとタクシーで約1時間、山奥にひっそりとあります。
関西に宿泊の際は、京都もいいですが、ちょっと趣向を変えてこちらもお勧めです。
是非、行かれてみてはいかがでしょうか?
「比良山荘」ホームページ
http://www.hirasansou.com/
(WATANABE)
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2008年03月07日
百円札
先日、お客様から百円札を頂きました。
すごい。。
初めて、拝見しました。しかも、新券です。
お客様曰く、鹿児島県城山公園の土産屋さんでは百円札でおつりをくれるそうです。
・・・しかし、発行が終わってかなり年月が経っているような気がします。
不思議に思い、ちょっと調べてみました。
「板垣退助」肖像の百円札
発行開始日:昭和28.12.1
支払停止日:昭和49.8.1
※支払停止日・・・銀行からの旧札への両替終了と、銀行で回収が始まった日
100円銀硬貨が発行されたのが昭和32年(図柄:鳳凰)で昭和34年に図柄が稲穂に
変わり、昭和42年には図柄が桜の現在の百円銀硬貨になります。
百円札の支払停止日が昭和49年8月1日です。
長い間、百円札と100円硬貨が共存した年月ががありました。
これは、日本全国に百円硬貨が普及するまでに時間がかかったからだと推測します。
それが鹿児島百円札のピン札が未だに多量に存在する理由になっている様です。
鹿児島県は100円硬貨の普及が遅く、本州ではとっくに100円硬貨に変わっていた
時期でも鹿児島県では百円札が主流でた。従って、百円札の発行分は、ほとんどが
そう言った地域に回されたと思います。百円札の支払停止日直前にも多量の百円札
が鹿児島県には存在したことになります。
札と硬貨が共存した時期に、本州からの観光客が百円札を珍しがる事に目をつけた
お土産屋さんが百円札の支払停止日前に多量に百円札に両替したようです。
その一枚が私の元へやって来ました。
お金なのですが、そうでないような何か不思議な感じです。もう少し持っていようと
思います。
ちなみに、この百円札、100~150円の価値しかありません。
(WATANABE)
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2008年01月27日
銀座研修
先日、研修の為、銀座店へ行きました。
銀座店です。
昼間、神吉さんの案内の下、食事に色々とお連れ頂きました。
銀座と言えば、世界の一流店が軒並みを連ねていますが、そういう反面、意外に下町のテイストを感じさせるお店もありました。
かなり昔からあるコロッケ屋さんです。
食してみました。
中は、ほっくほっく、外は、バリッとでした。
歩いていると「彼」がいました。
一体全体、何を覗いているのか、「彼」の視点になりましたが、それを知る事は出来ませんでした・・・。
もっと目線を下げれば、分かったのかも知れません。。。
ちなみに「彼」の後ろには、最近話題になっている「アルマーニ」のビルがあります。
神田にあるそば屋「神田 藪(やぶ)蕎麦」に行きました。
お店の中です。
お店に入ると、「いらっしゃいませ!」ではなく、少し高めのトーンで
「いらっしゃいましぃ~っ(語尾を上げる)」
という感じで迎えてくれます。
帰りは、
「ありがとう存じます!」
でも、これがBGMの代わりになっているのか、不思議に違和感は無く、いい時間を過ごせました。
ちなみに蕎麦の味の方はというと、おそらく少し多めにつなぎを使っている蕎麦の味はそんなに強くありませんが、香りはしっかりあり、濃い目のつゆに付け食べれば、蕎麦全体がグッと引き締まる、そんな蕎麦でした。
昼の食事の時も、夜の仕事の時も何かと刺激になり、あっという間の3日間でした。
大変お世話になり、ありがとうございました。
銀座では色々な所にお連れしてもらい、食事をし、たくさんの方と接する事ができました。
そこで得たモノを京都で、少しでも活かしたいと思います。
(WATANABE)
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2008年01月24日
映画の中のお酒 パートⅡ
以前観た映画で気になったことがありました。
スパイゲーム

(ストーリー)
数々の困難な任務を遂行し今や伝説の存在と化したCIA工作員ネイサン・ミュアー。彼にとってトム・ビショップはその弟子でもありもっとも信頼のおける相棒でもあった。ミュアー自身がスカウトし、スパイに関するあらゆることを教え育て上げた。二人は互いに尊敬し固い絆で結ばれていた。しかしミュアーのCIA退官日、ビショップが中国側にスパイ容疑で逮捕される事件が起きる。ミュアーはビショップを見捨てようとするCIA上層部の反対を押し切り、背後の巨大な陰謀を承知の上で、ビショップ救出の壮大な作戦を計画するのだった。
(Yahoo Movie より)
この映画の中で、ブラッド・ピットとロバート・レッドフォードがBarで飲むシーンがある。
ブラピが冷やかしで、
「スパイだったらマティーニを飲むのか?」と聞くと、
ロバート・レッドフォードは、
「いや、スコッチだ。しかも12年もの以下は飲まない」と答える。
しかし、スコッチのボトルは一瞬しか映らず、銘柄が解らない・・・・。
それをお客さまに話すと、調べて来てくれました。
銘柄は、
グレンリベット18年

あぁ、すっきり!
しかし、あの台詞もカッコイイなぁ~。
(KANKI)
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2008年01月21日
映画の中のお酒
先日、久しぶりに見た映画。

(ストーリー)
1888年、ロンドン。赤毛の美女メアリ・ケリーと仲間の5人の娼婦たちはここホワイトチャペルで身を売ってなんとか生きていた。しかしある夜、仲間のひとりが何者かに襲われ喉をかき切られて殺されてしまう。さらに立て続けにもうひとりの犠牲者が出る。それは世に怖れられた切り裂きジャックのゲームの始まりだった。事件の捜査に当たったのはアバーライン警部。2年前に妻子を亡くして以来心を閉ざし、アヘンの幻覚に救いを求めて生きていた。だが、そんな彼もメアリの美しさに次第に心惹かれていくのだった。しかし、肝心の捜査は思わぬ妨害もあり遅々として進まない……。
(Yahoo Movieより)
ジョニーデップ演じるアバーライン警部が、入浴中にアブサンを飲むシーンがある。
アヘン中毒の彼は砂糖にpoison(毒薬?アヘン?)を数滴垂らし、マッチで火をつけ、
そのままアブサンに落とし込み、それを一気に飲み干す。
映画の中に、重要な小道具としてお酒が使われるのですが、いつ観てもセンスある演出と感心させられます。
ジョニーデップだからカッコイイのかもしれませんが・・・・。
機会ありましたら、是非観てください。
因みに私は、4回観ました。。。
(KANKI)
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2008年01月11日
島根 足立美術館2
先日、島根県にある「足立美術館」に行ってきました。
昨年、福岡店の池田さんが行った美術館です。
米国の庭園専門誌「ジャーナル・オブ・ジャパニーズ・ガーデニング」が「2007年日本庭園ランキング」を発表し、昨年に引き続き、足立美術館の庭園を5年連続で「庭園日本一」に選びました。
ちなみに、
1位 足立美術館(島根県)
2位 桂離宮(京都府)
3位 山本亭(東京都)
4位 栗林公園(香川県)
5位 無鄰菴(京都府)
でした。
素晴しい、の一言です。
庭もさることながら、この美術館には「横山大観」「北大路魯山人」の作品が、かなり、あります。
初めて「横山大観」の作品を拝見したのですが、墨一色で、なぜそこまで表現できるのか不思議な位、その絵の遠近感、空気感、質感を感じる事が出来ます。

「春風秋雨」 ※©Shokodo,Ltd&Japan Artists Association,Inc.2006
文字通り、春の風と秋の雨、を屏風(びょうぶ)2枚で表現しています。
左側が秋の雨、右が春の風、となっています。
2枚とも、木は墨で、花や葉は金で、風も雨も金が蒔いています。写真ではかなり分かり難いのですが、左側は秋に降る冷たい雨が樹木を濡らし、引き締まっている様を表現しているのに対し、右側は春の暖かな風に桜がなびいている様を表現しています。
同じ材料で、全く逆の意味合いを持つ絵が出来ることに感動しました。
あと、山海二十題というシリーズの絵も数点、展示されていました。
「二十題」というだけあって、20作品ありますが、これは戦争協力のために画かれたもので、当時破格の一幅(一作品)2.5万円で売られ、軍に合計50万円を寄付しました。
これで、軍は戦闘機をなんと、4機も購入したそうです。。。
なかなか足を運ぶ機会の少ない島根県ですが、もしお立ち寄りの際は、足立美術館へ行かれてみてはいかがでしょうか?
足立美術館HP
www.adachi-museum.or.jp/
(WATANABE)
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2007年10月06日
名古屋
先日、名古屋に行ってきました。
やっぱり、名古屋城!と言う事で閉園時間が16時30分にも関らず、16時に入り、バタバタ見学しました。
まずは、おなじみの金の鯱(しゃちほこ)が迎えてくれました。
中に入り、順路通りに少し歩くと本殿が見えました。
屋根に金の鯱が見えます。
もう少し歩いて、本殿の中へ。
さすがに大きいですね。。
中は5階にも及ぶ博物館になっていますが、時間が無かったため、ゆっくり見る事が出来ませんでした。
ですが、一応、チラチラ撮影はできました。
誰が着ていたという訳ではないですが、当時の装備です。
真剣もありました。
火縄銃です。
そして、最上階に登ると、名古屋市内が一望できる大パノラマでした。
JR名古屋駅周辺です。
その後、名古屋のお客様と合流。
夕食はやはり名物「味噌煮込みうどん」を頂きました。
名古屋で有名な「山本屋本店」に連れて頂きました。。
初の「味噌煮込みうどん」でしたが、美味しく、ついついご飯を3杯も食べてしました。。。
その後、バー、お寿司屋をはしごし、帰路につきました。
楽しい一日ありがとうございました。
近くて遠いような気がしていた名古屋ですが、一度行くと距離感が縮みます。また、関西とは違ったエネルギーをもらいに行こうと思います。
観光資源が数多有る京都ですが、実際に住むと、ほとんど観光地に行かなくなります。分かっていながらなかなか行動に移せないのですが、「行動し、経験して得たモノは大切な宝物になる」ことを再認識したこの頃でした。
(WATANABE)
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2007年08月17日
釣り
先日、連休を頂き、隠岐に帰省いたしました。
今回は、父親との時間の都合が合い、鯛釣りに行きました。
この船で行きます。
晴天でしたが、日差しは強くなく、良い日和でした。
出発!
30分ほど沖へ…。大分、遠くまで来ました。
水深70~90mの場所で潮の流れをみて、錨を落として、釣りを開始します。
今回は鯛釣りということで、少し大きめの針を使いました。
こんな針と仕掛けです。
今回の鯛釣りは竿は使わず、針と糸で釣ります。
こんな感じです。
竿を使わないのは、3,4kg程度の鯛なら結構釣れるので、竿だと持ち上がらず、糸が切れてしまうからだそうです。
そのため、掛かると、手で糸を引っ張って釣り上げます。大きい魚だと、底に引っかかったような感じで、全く持ち上がらず、逃げられた事もありました。
わたくしが釣りました!
父親が「メバル」を釣りました。
結局、今回の水揚げは、30cm位の鯛が10匹、「だるま(地方名です)」と呼ばれる鯛の一種が1匹、小魚が数匹、メバルの大1匹、小1匹でした。
その一部です。ペットボトルで大きさを比較してみました。
自然に身をおくと、その雄大さが至極実感できます。
来年もまた、行きたいと思います。
(WATANABE)
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2007年07月25日
サムシングブルー
先日友人の結婚式に招待され出席してきました。式はとても素晴らしく感動的でした!!
その式に際して、友人から乾杯のカクテルをなにか考えて欲しいとの要望があったので、いろいろと考えてみました。
お客様からの依頼で結婚式に出向き、カクテルを作るという機会は今までにもあったのですが、今回は乾杯のカクテルという事もあり、友人になにか付加価値のある話も添えてカクテルを考えようと思い、ある話を思い出しました。
それはヨーロッパの方で言い伝えられている話です。
英国の古い詩が由来でヨーロッパでは、200年以上も前より語り継がれている幸福な結婚のためのおまじないです。
4つの何か(Something)を結婚式の当日に、花嫁さんが身に着けていくと必ず幸せになれると信じられています。
マザーグースの詩の中にも歌い込まれています。『4つのサムシング(何か)』には、それぞれ深い意味があります。
時代を超えて、多くの人が1つ1つかたちにしてゆき、すべてが調う結婚式当日を「幸福の階段」のはじまりとしてきました。
Something Blue (何か青いもの) サムシング・ブルー
「何か青いもの」 【花嫁の純潔の象徴】
青は「青い鳥」同様、幸を呼ぶ色と言われており、忠実・信頼を象徴とされる色でもあります。
さらに花嫁の純潔や貞操、清らかさを表します。
もともと青色は古代、女性の慎ましやかさや誠実な心を象徴し、欧米では聖母マリアのシンボルカラーとして知られています。
その青は人目に付かぬよう花嫁の身に付ける事とされており、ガーターに青のリボンを飾るのがポピュラーになっています。
最近では、指輪の内側にブルーサファイヤを入れたり、ブーケの中にさりげなく青い花を入れたりしています。
Something Old (何か古いもの) サムシング・オールド
「何か古いもの」 【祖先から受け継がれた幸せ、富みの象徴】
これから始まる生活の豊かさを願って、祖先から伝えられたものを受け継ぐという意味です。祖母や母のイヤリングやネックレスなどジュエリーが多いようです。
Something New (何か新しいもの) サムシング・ニュー
「何か新しいもの」 【新生活における幸せの象徴】
これから始まる2人の真っ白な未来そのもの。新しい生活へ踏み出す大事な第一歩をあらわします。
幸せな毎日が過ごせますようにという願いを込め、 新しく用意したものをおろします。
ドレスやベールなどから下着や靴まで、挙式当日に新しく使用するものならば何でもOK。もちろんお化粧道具やハンカチなどを入れる小さなポーチなどでも花嫁らしくて良いです。
Something Borrow (何か借りもの) サムシング・ボローゥ
「何か借りたもの」 【経済的に豊かになるための隣人愛の象徴】
幸せな結婚生活を送っている友人などから、その幸運を分けてもらうという意味を表します。
それは家族だけではなく周囲の人々から愛されるというおまじないでもあるのです。
既に幸せな結婚をされている方が当時結婚式で使用した身の回り品、例えばベールや手袋、ハンカチなどを借りたりします。
今回は人目につかぬようとはいきませんでしたが、青色のカクテルを考えました。
友人も喜んでくれていた様子で、無事式も終わりホッとしました。
サムシングブルーの効果で友人夫婦も幸せになってもらえればと思います。
(IKEDA)
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2007年07月22日
アロマテラピー
カクテルにはさまざまな香りがあり、また香りづけをすることもあるので、
アロマテラピーについて調べてみた。
アロマテラピーとは
ハーブなどの自然植物が生み出す、芳香の成分を利用して、肉体や精神を健康にするという
自然療法の一つです。アロマは「芳香」、テラピーは「療法」を意味します。
一般的に、アロマテラピーとは、植物から抽出された、精油(エッセンシャルオイル)を使った
健康法と定義されたいます。しかし、精油に限らず、ハーブティーを飲んだり花の香りをかいだり、
こころとからだによい結果をもたらすさまざまな植物の香りの利用法すべてを、広い意味での
アロマテラピーと捉えることが出来ます。
療法というと、病気やケガwp治すために用いられると思われがちですが、アロマテラピーは
予防という面も持っています。人間には本来、自己治癒力が備わっていて、ストレスなどの
影響でこの力が発揮できなくなると病気になることがあります。
たとえば、疲れたときに甘くてやわらかい香りをかぐと、なんとなく元気になったり、気分が
悪いときにはスッとする香りのお茶を飲むことで回復できたり。香りは、心身をリラックスさせ、
自己治癒力を高める効果があるのです。
例えば、カクテルの香りつけとしてよく使うオレンジピールとレモンピールには
オレンジ ・・・ オレンジの香りは落ち込んだ気分を明るくして、不安や緊張をほぐします。
リフレッシュしたいときや、からだにエネルギーを与えたいとき、眠りたいのに
眠れないときにおすすめです。また、消化器系の調子を整えるので、腹痛や胸やけ、
食欲不振に有効。
レモン ・・・ リフレッシュ効果が高いので、興奮したときや気分転換をしたいときにぴったりです。
頭をスッキリさせて、集中力や記憶力を高めたいときに有効です。また、血液の
流れを促し、高血圧を低下させます。消毒性があるので、発熱を伴った風邪に効果的。
またお酒ではジンの香りづけとして有名なジュニパーベリーは
ジュニパーベリー ・・・ 疲労した精神をリフレッシュして、ものごとにチャレンジしていく強い精神状態
を保ちます。また、とくに利尿作用は有名で、お酒を飲みすぎたり、こってりと
を食べすぎたときに生じる毒性物質を排出させるのに役立ちます。
このようにさまざなな効果のある香りをいかに役立てるか。
癒しのカクテルがご提供できるよう努力していきます。
(IKEDA)
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2007年06月04日
グラバー園
先日、媚山マスターと長崎に行きました。
甲類焼酎を使ったカクテルセミナーだったのですが、媚山講師の
助手としていってまいりました。
セミナーも無事終わり、その日は長崎に宿泊。
翌日、少し観光をということになり、グラバー園に行きました。
そこで新たな発見が!
以下のような説明がありました。
トーマス・ブレーク・グラバー(Thomas Blake Glover, 1838年6月6日 - 1911年12月13日)
スコットランド・アバディーン州で沿岸警備隊の1等航海士トーマス・ベリー・グラバー(Thomas Berry Glover)とメアリー(Mary)の間に8人兄弟姉妹の5番目として生まれる。
1859年、上海に渡りジャーディン・マセソン商会に入社。その後、開港後まもない長崎に移り、2年後にジャーディン・マセソン商会の長崎代理店としてグラバー商会を設立。
これは我々がお世話になっているジャーディンさんじゃないですか!
今は社名変更でMHDさんになってます。
続いて・・・、
グラバーは、アメリカ人のコープランドが開いたビール醸造所「スプリング・バレー・ブルワリー」が1884(明治17)年に閉鎖に追い込まれると、在留外国人や日本人の財界人など、ビール会社の設立に賛同する資本家たちを集め、その跡地や建物の購入を勧めた。こうして翌1885(明治18)年、「ジャパン・ブルワリー」が設立した。そして、グラバー自身も設立後ほどなく重役の座に就く。
そして1888(明治21)年、ドイツ風のラガービール「キリンビール」が発売された。
ちなみにラベルの「麒麟」は、当時の商標に狼や猫などの動物が多く用いられていたことにならい、東洋の霊獣を商標にしようという意見から採用された。
また発売翌年の1889(明治22)年、グラバーの提案により、「麒麟」を大きく描いたラベルが系採用され、現在の「キリンビール」のラベルの原型となるデザインが完成した。
おお!すげぇ~。。。知らなかった。
ちなみに当時のラベル。

日本のお酒の文化に随分貢献したのですね。
当日は天気もよく、散歩日和でした。
園内はアジサイが綺麗で、心和む時間でした。
更に園内を探索中、亀発見!
全く動かずで、かわいい奴等でした。
その後、ちゃんぽん食べて帰りました。
(KANKI)
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2007年04月30日
小旅行
先日、「旧・美山町」に行って参りました。
京都市内からだと、車で約2時間のところです。
この地は、地鶏や卵、茅葺(かやぶき)屋根が有名で、文化庁の重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。
とても喉かな所で、美しい風景をスケッチされている方がたくさんいました。
土地柄、少し寒いので、まだ桜が咲いていました。
少し時間があったので、帰りに「高山寺」に寄りました。
高山寺は国宝である「鳥獣人物戯画」があるお寺です。
歴史の教科書で一度は見た事があるのではないでしょうか?
あと、狭いながら、心和む美しいお庭もあります。
京都市内に入り、今度はお酒の神様が祀ってある「松尾大社」に寄りました。
美しい庭園があります。
半日の小旅行でしたが、有意義な楽しい時間でした。ありがとうございました。
海外にはたくさん美しい、雄大な場所があります。でも、日本もそれに匹敵していると思います。
たまに休みの日、近くの景勝地を訪れてみてはいかがでしょうか?日常感じる事が出来ない何かを感じられるはずです。
(WATANABE)
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2006年12月23日
名付け親?
私、神吉英典(かんきえいすけ)と申します。
先月、あるお客様が来店されました。
その男性は座っていきなり、「神吉さんですよね?」と声を掛けてくれました。
なんとなく顔は憶えてるけど、どなただったかな・・・・。
話を聞くと4年ぶりで今回が2度目。
実はお礼にと言われてしまいました。
ちょうど4年前、ある方の紹介でVespaを訪れ、私が名刺を渡したとのこと。
名前が変わっているので、そのことについて話をしました。
神吉(かんき)という姓は、兵庫県加古川市にある地名、英典(えいすけ)の英は祖父から
受け継ぎ、典は乃木希典(のぎまれすけ)*から拝借したという話です。
私の母が、以前からしつこく「あんたの『スケ』という字は乃木大将からとったんよ!」
と言っておりました。
子供のころ私は、名前にコンプレックスを持ってました。
しかし今の仕事を始めて、逆にネタになっています。
そんな話もしました。。。
で、何なのかというと、その男性、4年前のその日、朝出かけるときに奥様から、
第一子の懐妊の報告を受けた日だったそうなのです。
無事、長男さんとして元気に生まれてきたこの子は秀典(しゅうすけ)くんと名付けられました。
秀典・・・スケは私と同じ読み方。
もうひとつ、読み方を変えると、
秀典→ひでのり、英典→ひでのり、、、、と一緒。
私の名前が忘れられず、名前を戴きましたとのことだったのです。
めちゃめちゃ感動しました!!!
現在、秀典くんは3歳。元気いっぱいだそうです。
4年ぶりに来店いただいたその日の朝は、また嬉しい報告があったそうなのです。
第二子目、ご懐妊。
それでVespaのことを思い出し、伝えてなかった話をしに来てくれたというわけです。
17年後には秀典くんを連れて来てくれるよう、約束を交わしました。
その日を楽しみに・・・。
おっと、その前に、私も恥ずかしくない人間になっておかねば!
(KANKI)
*乃木 希典(のぎ まれすけ)
嘉永2年11月11日(1849年12月25日) - 大正元年(1912年9月13日)
明治時代を代表する軍人。陸軍大将従二位勲一等功一級伯爵。第10代学習院院長。畏敬と親愛を込めて「乃木大将」などの呼称で呼ばれることも多い。
東郷平八郎とともに日露戦争の英雄とされ、「聖将」とも呼ばれた。 若い頃は放蕩の限りを尽くしたが、ドイツ帝国留学において質実剛健な普魯西(プロイセン)軍人に感化され、帰国後は質素な生活を旨とするようになったという。また、明治天皇の後を追った乃木夫妻の自殺は、殉死として美談にもなった。
山口県、栃木県、東京都、北海道など、複数の地に乃木を祀った乃木神社がある。
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2006年12月05日
名刺
先日、名刺の整理をしました。
膨大な数で大変でしたが、やってくうちに楽しくなってきました。
その数、2938枚。。。。
必ず戴いた日、その方の特徴を書くようにしてますが、それを見て
懐かしんでいました。
部署の移動や肩書が変わったり、全く違う分野への転職、今は日本にいない方、
皆さん様々・・・。
頂戴した名刺はずっと持っているのですが、時間の経過、環境の変化等
色々なことを感じました。
残念なことに亡くなった方もいたり・・・。
11年の間にこれほどの方々と名刺交換をしたのかと考えると、バーテンダーという
仕事って魅力あるものだと、つくづく感じたものでした。
しかし日付けを見てみると、97年からが多くなっています。
私が店に入ったのは95年、丁稚のころは名刺は戴けなかったんだな・・・・。
○○さんはどうしてるかな、最近あってないけど元気かな、等等考えていたら、
ひょこっと10年振りのお客様なんかも現れて、嬉しくてその話をしちゃいました。
噂をすればなんとやら・・・本当にあるものです。
これからも沢山の方々にお会いできると考えると、ワクワクしてきました。
(KANKI)
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2006年09月28日
大きなシャンパン
最近、たまたまですが、大きいサイズのシャンパンを飲む機会が立て続けにありました。
大きければ、大きいほど美味しいと言われるシャンパン。
確かに味は良かったです。
まずは結婚式で9リットルのモエ・シャンドン。
その次の週は、3リットルのマム。
そういえば、べスパ福岡店の10周年パーティーは15リットルのモエを開けました。
ちなみに、それぞれの大きさのボトルに名前があります。
・ボトル(Bottle) 1本分
・マグナム(Magnum) 2本分
・ジェロボアム(Jeroboam) 4本分
・リオボアム(Rehoboam) 6本分
・メテューサラ(Methusalah) 8本分
・サルマナザール(Salmanazar)12本分
・バルタザール(Balthazar) 16本分
・ネブカドネザール(Nebuchadnezar) 20本分
これらの名前がなかなか憶えれず、いつも忘れてしまいます。
そんな自分の為に今回はこのネタでした。

あれっ、9リットルは何やったっけ。。。。
頑張って憶えます。
(KANKI)
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2006年08月31日
HENNESSY
最近ではブランデーを飲む方がすっかり減って来ました。
色々なお酒のブーム、同時に健康ブームが影響してでしょう。
ブランデーはカロリーが、糖分が・・・、等等。
僕は個人的に、よくブランデーを飲みます。
甘みのあるお酒は、気持ちを落ち着かせる効果があります。
密かに、ブランデーブームを作りたいと思っているのですが・・・・。
では、日本にブランデーが入ってきたのはいつ位でしょう?
こんな話があります。
1887年に刊行された中江兆民の『三酔人経綸問答』に
ブランデーの表記が登場しています。
適々(たまたま)一日、先生酒を呼び酌獨して、既に夫(か)の醺然歩虚の境界に
至れりたる折柄、両人の客有り、金斧(きんぷ)と號する洋火酒を齎(もたら)して
至れり。
これは一時期、猫も杓子もと言われたヘネシー Hennessy!!!
しかし日本に持ち込まれたのは随分早くだったのです。
なんせ、中江兆民が知ってる位ですから。。。。
金斧の洋火酒を、改めてもう一度、飲みに来てみませんか?
まだまだ暑いので、涼しくなってから。。。
(KANKI)
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2006年08月23日
隠岐
先日、実家の隠岐に帰省しました。
せっかくなので、ほんの少しだけご紹介したいと思います。
隠岐は島根県と鳥取県の県境のちょうど北、約60キロ先に浮かぶ大小4つの島の総称です。
島前(どうぜん)と島後(どうご)合わせて、隠岐です。
僕の実家は一番南にある小さな島です。
帰る手段としては、京都からだと、まず、高速バスで4時間、電車で1時間、船で3時間、待ち時間を含め、計9時間位掛かります。
島のメインストリート。
島の一番高い山からの景色。
景勝地、赤壁(せきへき)
地殻変動により、地層が縦になりました。ちょっと分かり難いですが、高さは200m位です。
その近くに牛が放牧されています。一応、「隠岐牛」というブランド名がついており、精肉屋関係であればご存知の方が多いと思います。
食してみました。
焼き方はミディアムでしたが、少し固めの肉質なので、食す機会がある時は、レアで注文された方がよろしいかと思います。
帰省中は天気がすこぶる良く、暑かったので海にも入りました。
水深2~3m位の深さでサザエやウニ等がたくさんいました。
その頃、私の父上が釣りに行っていたらしく、大きな鯛を持ってきました。
5.7キロでした。
ご覧の通り、自然がいっぱいの所なので、身も心もリフレッシュできました。
島根県と鳥取県のごく一部の地域を除き、アクセスにかなり時間が掛かります。でも、時間に余裕ができましたら、是非一度遊びにいらっしゃってみては如何でしょう?きっと、新しい発見があると確信します。
(WATANABE)
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2006年07月20日
グロッキー
昔、イギリス海軍では従来、水兵にビールを支給していたが、バーノン提督は
粗製ラムには壊血病予防の効果があると信じて、昼食前に半パイント(284ml)
のラムを水兵に支給することにした。
水兵たちは喜んで、提督を「いい奴」の意味をこめて「オールド・ラミー(Old Rummy)」
と呼んだので、ここからラムという説もある。
なお、現在はラミーには「いい奴」の意味はなく、「酔っ払い」の意味がある。
ところが、午後の作業に支障をきたすものもいたので、1740年にバーノン提督はラムを
4倍の水割りにし、2回に分けての支給に変えた。
新しい命令に不平不満の水兵たちは、この支給酒をバカにして、提督がいつも着ている
よれよれのグログラム(絹とウールの交織による粗い布地)のマントをもじって「グロッグ」
と呼んだ。
これから安酒を売る居酒屋を「グロッグ・ショップ」と呼ぶ言葉や、水割りのグロッグでも弱い
酒とバカにして飲み過ぎればフラフラに酔っ払うというところから「グロッギー(groggy)」が
生まれている。
ボクシング用語の「グロッキー」もここから生まれた。
(バーテンダーズ・マニュアルより)
KANKI
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2006年07月17日
RUM
ラムは、サトウキビを原料とする蒸留酒です。
このラムには、2種類の作り方があります。
サトウキビの搾り汁を煮詰めて、砂糖の結晶を分離した後
精糖の副産物として、残った糖蜜を水で薄めて
発行・蒸留して作られる工業ラムと、
サトウキビの搾り汁を、そのまま水で薄めて作る、
農業ラムの2種類です。
風味などでラムを分類すると、ライト・ミディアム・ヘビー
の3つに分けられますが、工業ラムはライトラムを造るのに適しています。
このライトラムは、1862年にバカルディ社が、初めて製品化しました。
これから、ラムがおいしい季節になりますが、
飲みすぎには、くれぐれもご注意を。
ちなみに、アルコール度数55度の農業ラムを、100リットル作るのに、
1トンのサトウキビが使われるそうです。
(YAMADA)
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2006年06月07日
船乗り込み
”博多の夏の風物詩”となった(6月博多座船乗り込み)が5月29日開催されました。
もはや“博多の夏の風物詩”となった【六月博多座船乗り込み】。
博多座開業以来、毎年5月29日に開催されていましたが、平成13年は5月30日に開催日をズラしたため大雨で中止となり、それ以来“船乗り込みは5月29日”と確定となりました。
“5月29日の晴れ確率は高い”ということみたいです。
<船乗り込み>とは元々、江戸や京から来る役者が大阪へ乗り込む際にファンへの挨拶もこめて行われていたものです。江戸時代に大阪で始められ、今では歌舞伎興行の際、出演俳優や一座が「ご当地到着」を船に乗ってお披露目する、歌舞伎独特の伝統行事。
博多座では、開場記念行事として平成11年5月に開催したのが始まりとなり、全国では大阪松竹座と博多座のみで行われている。
今回は「中村勘九郎改め 十八代目 中村勘三郎 襲名披露 六月博多座大歌舞伎」の出演者が紋付き・袴姿で船に分乗して、キャナルシティ博多横の中洲1丁目清流公園から中洲5丁目沿いの博多リバレインまでの約800mをにぎやかに下ります。
「○○屋~っ!」といった屋号の呼びかけなどで、集まった観客が声をかけるそうです。役者さんの話によると、博多の船乗り込みは大阪よりも観客の方との距離が近く雰囲気も良いそうです。
あいにく私自身その時間が都合が悪くみれませんでしたが来年は見に行けたらいいなと思います。
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2006年05月12日
TAXI 2
先日のタクシーの話で思い出したことが、、、
数年前、フランスに行ったときのこと。
ブルゴーニュの一日観光を頼んでました。
バスでワイナリーを回るというツアーでした。
ディジョン(カシスが有名)からロマネコンティなどを見て回るということで
本当に楽しみにしてました。
しかし、待ち合わせの時間・場所に誰も迎えが来ない。。。
問い合わせの電話をしてみると、我々が聞いていた場所とは違う。
しかも、もうバスは出発して引き返すことはできない。
では、どうすれば?の質問に、諦めるか?追いかけるか?との答え。
ダメもとで追いかけてみようと、タクシーを捕まえました。
しかし運転手さん、日本語はもちろん、英語もまったく解らない。
でもいいから乗れ!という。
大丈夫かなとも思いながら乗り込むと、すぐに電話を掛け始めました。
スピーカーで我々にも会話が聞こえる状態で、女性の方と話してました。
するとその女性、いきなり日本語で我々に話しかけてきました。
運転手さんのお友達だそうで、事情を通訳してくれました。
それからまた一本電話をかけていました。
彼はツアー会社に連絡をし、バスにゆっくり走るよう伝えてたのです。
電話を切って、それからが凄かった。
運転は、まさに映画のTAXI!!!
超スピード違反だろ!で、田舎道を疾走。
追いついたのは、まさにロマネコンティの手前。
その運転手さんとは、ハグハグしました。
まさにプロの運転手!賢さと迅速な対応に感動しました。
いい思い出です。
(KANKI)
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2006年05月06日
TAXI
新聞のある記事より。
ロンドンのタクシーは背が高い。ロンドンの名物、箱型タクシーの運転手は市内の
どんな小さな道でもよく知っている。地理を知らなければ試験に合格できないからだ。
そのため志願者は、自転車やバイクでこまめに街を回り、地図を頭に叩き込まなけれ
ばならない。
合格するのに2年かかるというのだから、受験勉強は楽ではない。
だが、苦労は楽の種という。
ロンドンのタクシーの運転手の脳は、猛勉強のおかげで成長を遂げたらしい。
一般の人の脳に比べ、大脳皮質のなかで位置関係をつかさどる海馬の後方部分が
肥大している運転手が多いとのこと。
運転暦の長い人ほど、ここが膨らんでいるらしい。
この記事を読み、なるほど日々の鍛錬の賜物だと思いました。
同時に、
京都の運転手さんは物知りな方が多いような気がします。
お寺など観光名所はもちろんのこと、お花の名前などを質問しても大体の方
が答えてくれる。
おそらく、聞かれる機会が多いのでしょう。
京都の運転手さんの脳も肥大してるな。。。
と思ったところです。
(KANKI)
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2006年04月19日
俵屋
先月末、京都の御三家の宿のひとつ、「俵屋」に泊まる機会がありました。
以前より格式の高さなどの話を聞いていたので、かなりの期待と緊張を感じてました。
石州(島根県)の呉服問屋「俵屋」の京都支店の支配人として赴任した岡崎和助のもてなし上手が買われて後に石州藩士の定宿にもなったというのが「俵屋」の始まり。
幕末には、安政の大獄の立役者・長野主膳の定宿になり、公卿さんも頻りに出入りしていたそうです。
さて、我々が伺って感じたこと。
部屋の造り、小物類、掛け軸など貴重なもの、色々と評価される要素はあります。
しかし、それに対しての付加価値はそんなに感じることはできませんでした。
観音開きの中にあるテレビ、消火器もらしい布に包まれ・・・・・徹底しているのはよく解る。
????
夕方、お風呂に入り、さあ食事。
酒を飲みながら話をしているときに、ふと思いました。
何もない、この静がよいのだと・・・・。
テレビはいらない、音楽もない。ただあるのは外から聞こえる風の音。
何も特別なものはいらない。そこにあるゆっくりとながれる時間を愉しむ。
酒を飲み、語りあう。
それに加えの雰囲気作りが演出をしていました。
我々の仕事にも通づるものは沢山あると思うことができました。
写真も沢山撮りましたが、あえて掲載しません。
調べれば色々なところで紹介もされている宿です。
興味のある方は、是非足を運んではいかがでしょう?
体感するのが一番と思い、情報を少なめにしておきます。
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2006年02月12日
ハワイ研修
2月3日から1週間、研修の為、福岡店の山田と京都店の渡部でハワイに
行ってきました。
まずはマイタイ発祥のバー、マイタイ・バーへ!
日没の時間になると、バンドが「SUNSET」の曲を演奏し、その場を何とも言えない
南の島独特の空気に変えました。。
我々が滞在した5日間はとても天気が良く、快適なハワイ生活でした。
サーフィンの開祖、デュークス像の前で
南国独特の木なのでしょうか、枝からツルが垂れ下がってきて、それが
幹になる木がいたるところにあり、大きいもので直径5メートル位のものも
ありました。